本稿の目的は,近年社会科学の分野で注目を集める「希望」の概念を社会福
祉領域に適用することが,「ニーズ」をめぐる議論に与える影響を探ることで
ある.本稿では特に,「ニーズ」や「デマンド」,「希望」に関する議論と,介
護保険制度導入前後の時期に出された行政文書から,高齢者福祉領域における
政策理念の転換を分析した.その結果,1990 年代前半まで「ニーズ」と「デ
マンド」の相違に関する議論が主流であったのが,2000 年前後からは,「ニー
ズ」と「希望」の関係への言及が増えていた.介護保険制度の導入に当たって
は,高齢者の「希望」に基づき「その人らしい生活」を送ることが,「尊厳の
保持」につながることが述べられ,それまでの「ニーズ」とは別の視点が現れ
ていた.
「デマンド」に比べて「希望」は,自己決定の土台となる概念でもあり,介
護保険制度が掲げる「自立支援」や「尊厳の保持」と親和性の高いものである.
ミクロ実践の場では,「信頼関係構築」のためにも,「希望」の把握が欠かせな
い.一方で,本当に支援が必要な社会的マイノリティの存在を見逃さないため
にも,マクロ政策においては「希望」とは別の基準による議論が必要であり,
「社会的判断に基づくニーズ」を語ることがあくまで重要な意味を持つ.「希望」
の概念を導入することで,「ニーズ」が指し示す範囲は客観的ニーズとしての
あり方に収束し,その輪郭が明確になってくる.
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