山階鳥類学雑誌
Online ISSN : 1882-0999
Print ISSN : 1348-5032
ISSN-L : 1348-5032
45 巻 , 1 号
選択された号の論文の7件中1~7を表示しています
原著論文
  • 平山 琢二, 福田 真, 平川 守彦
    2013 年 45 巻 1 号 p. 1-8
    発行日: 2013/09/30
    公開日: 2016/03/24
    ジャーナル フリー
    今回の調査では,ヤンバルクイナの鳴き声の経時変化ならびに季節変化を観察し,ヤンバルクイナの活動との関連性について検討した。鳴き声は4~6月に特異的にkekソングを多く確認した。また,鳴き声の時間帯は季節によって異なり,3~6月は6~9時および15~18時にもっとも多く確認できたのに対し,8~10月は18~21時に多く,11~2月は12~15時に多かった。これらのことから,ヤンバルクイナの鳴き声の頻度ならびに時間帯は季節によって変化することが示唆された。また,ヤンバルクイナの発する「kekソング」は,4~6月の繁殖期に多く観察されたことから「kekソング」と繁殖行動の関連性が示唆された。
  • 久井 貴世
    2013 年 45 巻 1 号 p. 9-38
    発行日: 2013/09/30
    公開日: 2016/03/24
    ジャーナル フリー
    江戸時代に著された史料を用いた調査に基づき,江戸時代の史料に記載されたツル類の名称のうち,タンチョウGrus japonensisに関連する六つの名称について整理と再考察を行った。江戸時代の日本では,当時の西洋や現代とは異なる独自の分類体系が有効に機能していたが,史料中では多様なツルの名称が用いられていた。記載された名称と種の対応は著者や時代によっても解釈が異なり,史料によって齟齬が生じることが明らかとなった。さらに,一般名と一致しない地方名も存在し,地域による定義の違いも確認できる。本草学的には「鶴」の代表はタンチョウである場合が多いが,地域によってはマナヅルG. vipioやソデグロヅルG. leucogeranusを表わす場合があった。「丹鳥」は現在では単線的にタンチョウと結びつけられているが,史料によって多様な解釈がみられ,明確な種の特定にはいたらなかった。「白鶴」はほとんどの場合ソデグロヅルを指すが,地域によってはタンチョウを表わす場合もあった。「琉球鶴」は特定の一種を指す名称ではなく,琉球を経て日本へもたらされた外国のツルの総称であると推測できる。「朝鮮鶴」はタンチョウを指す事例が確認できたが,朝鮮に由来するツルの総称として用いられていた可能性が高い。江戸時代の名称を現代の種に対応させる際には,史料による同定の不一致や地域による定義の差異などに留意する必要がある。
短報
報告
  • 西出 隆, 小笠原 暠
    2013 年 45 巻 1 号 p. 59-64
    発行日: 2013/09/30
    公開日: 2016/03/24
    ジャーナル フリー
    By the 1940s, the Snow Goose Anser caerulescens was considered to be extinct in Japan. From 1970 to 1993, it was recorded as an irregular visitor in Honshu, while from 1969 to 1991 twelve geese were recorded in Hokkaido. In 1993, an international project was carried out to restore the Far East population of the Snow Goose. We had monitored the number of Snow Geese at Ogata Reclaimed Land, Akita Prefecture, for 40 winter seasons from 1971/72 to 2010/11. This species had been recorded as an irregular visitor until the 1990/91 season. Since 1993, when the restoration project started, this species has been recorded regularly, and the number of individuals has shown a general increase, reaching 39 individuals in 2010/11. They were observed mainly along the west channel of Hachiro-gata, and 728 foraging sites were recorded in this area.
誌碑
feedback
Top