山階鳥類研究所研究報告
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29 巻 , 1 号
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  • Stephen W. Kress
    1997 年 29 巻 1 号 p. 1-26_1
    発行日: 1997/03/30
    公開日: 2008/11/10
    ジャーナル フリー
    野生生物復興計画を成功裡に進めるために,保全生物学者は動物の行動の示す特性をよく理解して復興計画の考案に参画しなければならない。本論文では,キョクアジサシ(Sterna paradisaea),アジサシ(S.hirundo),ベニアジサシ(S.dougallii),ニシツノメドリ(Fratercula arctica),コシジロウミツバメ(Oceanodroma leucorhoa)の集団繁殖地を初めて復興した研究事例を紹介し論ずるものである。これらの復興計画は,集団繁殖する水鳥の二つの基本的かつ一般的ともいえる行動上の特性の,群棲促進性と生地回帰性の利用に根ざしている。
    往年には集団繁殖地があり,既に繁殖しなくなっていた島々で,あたかも集団繁殖地が形成されているかのように演出するために,デコイ(鳥型模型)を設置し,録音した音声を流すことによって,水鳥の行動特性の群棲促進性(動物1個体の行動がその所属する群に影響を及ぼすこと)を保全の目的で利用した。群棲促進性を助長するたあのデコイと音声録音の使用は,群棲誘引あるいは社会的吸引ともいえる。水鳥の持つ生地回帰性(若鳥が出生地の繁殖個体群に参入しようとする習性)を,保全を意図して,ニシツノメドリの復興計画に適用した。分布の中心に位置する大繁殖地で生まれたニシツノメドリの雛を,約100年近く前に過度な食用と羽毛採集で絶滅した,分布の南限にあたる,かっての集団繁殖地に移送したのである。往年に繁殖地があった2地点に造成した巣穴で育てられ巣立ったニシツノメドリの幼鳥は,自分が巣立った位置を学習しており,やがて,生地ではなく,既に繁殖しなくなって久しいこの繁殖地に戻ってきた。
    セグロカモメとオオカモメが代替占拠したアジサシ類とツノメドリ類の集団繁殖地を復興するために,Eastern Egg岩礁とSeal島国立野生生物保護区ではこれらの大型カモメ類の営巣個体群を減らし,アジサシ類とツノメドリ類の再入植を図った。北米東部のメイン州の真ん中地点の沖合いに点在する幾つかの島で再入植が計画され,そこに設置したデコイと24時間繰り返し流される音声にアジサシ,キョクアジサシ,ベニアジサシは,引きつけられた。1996年までにSeal島国立野生生物保護区はキョクアジサシ956番が繁殖するメイン州最大の繁殖地になり,Eastern Egg岩礁は絶滅危惧種ベニアジサシが126番繁殖する同州最大の集団繁殖地となった。群れを誘引しあう水鳥の習性を利用したこれらの成功と,大型カモメの除去管理だけを行ってアジサシ類の再入植を図れたメイン州Petit Manan島でのアジサシ個体群の復興プロジェクトで得た結果とを次に比較した。このPetit Manan島では,アジサシ類はわずか4年間繁殖を放棄していただけであり,多くの生存個体がこの島での営巣を記憶している状況下にあった。大型カモメ類の除去を始めたその年に,除去後すばやくアジサシ類個体群は再入植したのであった。これに対して,アジサシ類が44年間営巣しなかったEastern Egg岩礁と36年間営巣しなかったSeal島国立野生生物保護区では,大型カモメ駆除と群棲誘引習性を利用したにもかかわらず,アジサシ類を再入植させるために,Eastern Egg岩礁では3年,Seal島国立野生生物保護区では5年もの歳月を要した。この事例は,島での営巣記憶を持つアジサシ類が1羽もいなくても再入植が図れたことをもあわせて示す。
    Eastern Egg岩礁とSeal島国立野生生物保護区のニシツノメドリ集団繁殖地は,両島から約1,610km離れたカナダのニューファンドランドから3~40日齢(平均17日齢)の雛を移送して復興した。Eastern Egg岩礁とSeal島国立野生生物保護区には,それぞれ計954羽と950羽の雛が移送された。これらを1羽づつ芝土で造成した巣穴に入れ,最初の1週間は巣穴の入り口を閉めた後は入り口を開け,人が給餌して育てた。雛は標識し,周辺海域に自発的に巣立っていかせた。移送し育てたこれらの雛たちは2歳になると戻り始め,また多くがその後営巣した周辺のニシツノメドリ集団繁殖地に飛来するようになった。Eastern Egg岩礁とSeal島国立野生生物保護区の往年あった営巣地への再入植は,前者では1981年に,後者では1992年に起こった。これは移送の開始以来,ともに8年後にあたる。Eastern Egg岩礁では1981年に4番が営巣し,この岩礁で孵化した雛の参入により1985年までに19番に増加し,この繁殖個体群は現在まで毎年16-19番を維持している。Seal島国立野生生物保護区では,1992年に7番が営巣し1996年には40番に増加している。Seal島でのこの急増は,周辺の集団繁殖地で孵化したニシツノメドリの参入が大きく起因し,1996年までに繁殖鳥の少なくとも68%を占めた。
    コシジロウミツバメに新たな集団営巣地を形成させるたあに,録音した同種の音声を繰り返し流し,人工巣穴を設置し,水鳥の群棲誘引習性を利用した。
  • 永田 尚志
    1997 年 29 巻 1 号 p. 27-42
    発行日: 1997/03/30
    公開日: 2008/11/10
    ジャーナル フリー
    1.オオセッカについて過去に発表された文献をもとに,本種の分布および生態をまとめて,本種の保全についての提言を行った。
    2.オオセッカは,宮城,東京,神奈川,埼玉,茨城,群馬,千葉,静岡,愛知,香川,徳島,兵庫の1都11県で越冬期に記録され,青森,秋田,宮城,茨城,千葉の4県で確実な繁殖記録があった。
    3.今まで確認された生息地のうち,1993年現在,繁殖期の生息が確認されているのは,秋田県八郎潟,青森県内の屏風山地域,岩木川河口,高瀬川河口,仏沼周辺,北関東の利根川下流域,霞ヶ浦浮島湿原の7ヵ所で,およそ1000個体が現存すると推定されている。
    4.オオセッカは,東北地方では4月下旬に渡って来る昆虫食の夏鳥で,一夫多妻の繁殖システムをもち,平均一腹卵数は4.88±0.62(30)卵であった。本種は,いずれの繁殖地においても,ヨシが混在し,下層にスゲやイが存在する2層構造をもつハビタットに生息していた。
    5.オオセッカの個体群は大きく変動し,青森県八郎潟や青森県屏風山地域では減少し,青森県仏沼や岩木川河口では個体数は安定し,最近,利根川下流域や霞ヶ浦浮島では増加している。
    6.非繁殖期にはヨシ原にひそみ観察しづらいため,越冬期の生態については詳しくわかっていない。
    7.オオセッカは,本来,河川敷などの攪乱を受けているハビタットに適応し,好適なハビタットがあれば定着して短期間に高密度の個体群を形成し,ハビタットが不適になれば他の場所へと個体群を移していくという戦略をとっているのかもしれない。
    8.オオセッカの保全上必要と考えられる個体群生態学,集団遺伝学および越冬生態についてのデータはまだ不足している。本種の越冬地や渡りの中継地をも含めた総合的な保全を行なっていく必要がある。
  • 藤田 剛, 永田 尚志
    1997 年 29 巻 1 号 p. 43-49
    発行日: 1997/03/30
    公開日: 2008/11/10
    ジャーナル フリー
    1.東アジアのごく限られた湿原にのみ繁殖するオオセッカMegalurus pryeriの保全に役立つ情報収集のため,本州北部にある仏沼干拓地(青森県)で同種雄が生息する場所の植生構造を1993年の繁殖期に調べた.
    2.オオセッカの雄が生息していた場所の植生構造は,生息していない場所の植生と比べ,とくにスゲ類(Carex spp.)の密度が高く,ヨシ(Phragmites communis)の密度が低かった.
    3.これらの結果は,オオセッカの生息にはスゲ類の存在が重要な役割を果たしており,スゲ類を含む植生を維持することが,オオセッカの保全に重要であることを示唆している.
    4.しかし,植生構造がオオセッカの繁殖成功度などに影響を与える機構についてはまだ不明な点が多く,より詳細な研究が必要である.
  • 永田 尚志, 吉田 保志子
    1997 年 29 巻 1 号 p. 50-56
    発行日: 1997/03/30
    公開日: 2008/11/10
    ジャーナル フリー
    霞ヶ浦湖岸の清明川河口と浮島の2ヶ所の湿地で,1995/1996年の冬期に,毎月,決まった場所にかすみ網をそれぞれ18枚および24枚を設置し,オオセッカの越冬状況を調査した。調査期間中に,清明川河口で9個体,浮島で25個体のオオセッカが捕獲された。清明川では,1歳個体が多く,同じ場所で何回も再捕され定住性が高い傾向が認められた。また,両地域とも雌は遅く渡来する傾向が認められた。サンプルサイズが小さく信頼性は低いが,Jolly法による個体数推定では28.1±14.8個体のオオセッカが清明川河口西岸に越冬していることが推定された。オオセッカの越冬生態についてはあまり知見がなく,本種の保全のためには越冬個体群を把握することが大切である。
  • 中村 純夫
    1997 年 29 巻 1 号 p. 57-66
    発行日: 1997/03/30
    公開日: 2008/11/10
    ジャーナル フリー
    1.大阪府高槻市でハシボソガラスについて,1990年から1992年まで親子関係の変化を調べた。変化の過程は,4つの段階に分けることができた。
    2.第1段階:巣立ちから,幼鳥が独自に餌を取るようになるまで。親は子の接近を受容し,攻撃的反応を示さなかった。
    3.第2段階:まず雄親が幼鳥の接近に対して,牽制や威嚇で応じるようになり,親子の間合いが広がった。雌親は始めは受容的だったが,後に雄親と同じ反応を示した。幼鳥は親のなわばりの外での活動時間を増やしてゆき独立に向った。
    4.第3段階:両親ともに幼鳥に対してにわかに攻撃的になり,幼鳥は家族ねぐらから出て,生活の中心を親のなわばりの外に移した。その後,同腹の幼鳥は別々に行動するようになった。
    5.第4段階:親のなわばりへの滞在は更に減少し不規則になり,接近時には必ず牽制や威嚇を受けた。次の繁殖開始までには,親のなわばりに寄り付かなくなった。
    6.雄親は第2段階と第3段階で雌親より攻撃性が高かった。第2段階の始めに雌親が受容的であったのは,急激な変化を避ける効果があった。第3段階で両親がそろって厳しい態度になったことが,幼鳥の独立を決定づけた。
    7.幼鳥の発達に応じて親は次の段階への移行を調節している可能性がある。また幼鳥が独立してゆく節目である,親のなわばり内での観察時間が減少し始めた時期と同腹の幼鳥が別行動を取るようになった時期が両年で一致していた。独立を決定する要因が親子間の対立だけではないことを示唆している。
    8.幼鳥が第2段階以降のどこで独立するかを決める要因としては,親のなわばりの餌条件や親がなわばりを保持する期間などが考えられる。
  • 岡 奈理子, 八木 智子, 山室 真澄
    1997 年 29 巻 1 号 p. 67-72
    発行日: 1997/03/30
    公開日: 2008/11/10
    ジャーナル フリー
    1996年3月18日静岡県富士川河口近くの海岸に衰弱漂着し,日本平動物園に保護され同月30日に死亡したアホウドリの,齢,体•臓器サイズ,栄養状態,筋肉の安定同位体比を調べた。本個体はHarrison(1985)の第1と第2段階の中間羽の幼鳥であり,脚環がないので伊豆七島鳥島ではなく尖閣列島南小島産とみられた。右脚のみずかきには末端が折れた釣針が刺さっており,筋胃内に27cmの釣糸と,2種のほどけかけたロープ状繊維計168cm(平均長12cm)からなる直径1.2cmの堅い糸球があった。また,前胃と胆嚢に各3ヵ所の突起状潰瘍がみられた。保護時の体重は,鳥島での4,5月期の成鳥個体6羽の平均体重4576g(401gSD)の70%(死亡時は67%),栄養指標となる筋肉(後肢骨筋)脂質含有率は4.6%,同含水率は69.4%であり,同じミズナギドリ目鳥類が飢餓漂着する臨界栄養値より,良好な水準にあった。後肢骨筋の安定同位体比はδ13Cが-18.2,δ15Nが13.0であった。この値は,同ミズナギドリ目ではハシボソミズナキドリよりハイイロミズナキドリに近い食地位にいたと示唆するが,保護飼育中に給餌された餌の影響も大きい。
    アホウドリの漁網,釣針による死亡は,脚環装着鳥だけでも1984年以降4例が記録され,今回の例を含めると,漁具が起因するアホウドリの死亡は5例になる。アホウドリ類全体の羅網事故死は南半球同様,北半球でも多いことが報告されている。近年アホウドリ類が多く繁殖するハワイ群島で個体群の保全のための漁業規制が行われ始めたが,絶減危惧種アホウドリが繁殖,索餌のために多く分布する冬期から春期にかけて,日本近海で保護海域が策定されることが望まれる。
  • 早矢仕 有子
    1997 年 29 巻 1 号 p. 73-79
    発行日: 1997/03/30
    公開日: 2008/11/10
    ジャーナル フリー
    The distribution and morphological characters of Eagle Owls Bubo bubo were investigated using specimens from museums. Eight of thirty-six specimens found in Japan were collected in Hokkaido. Of all the characteristics examined, wing length was the only one that varied between locations. However, morphological measurements overlapped in all investigated areas. Also, with plumage, individual variations were remarkably similar to geographical ones. Consequently it seems difficult to distinguish between Bubo bubo subspecies from morphological characters alone. Considering the numbers of Bubo bubo specimens were much fewer than those of Blakiston's Fish Owls Ketupa blakistoni, it can be suggested that Bubo bubo populations in Hokkaido have been unstable throughout this century.
  • 1997 年 29 巻 1 号 p. 82
    発行日: 1997年
    公開日: 2008/11/10
    ジャーナル フリー
  • 平岡 考
    1997 年 29 巻 1 号 p. ii
    発行日: 1997/03/30
    公開日: 2008/11/10
    ジャーナル フリー
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