油の流出は,特に20世紀後半に入り,大陸棚•沿岸域に生息する海鳥にしばしば多大な被害を及ぼしてきた。日本でも1997年1月に日本海でロシア船から多量の重油が流出し,海鳥が油汚染の被害を受け,海岸で発見されたものだけでも1,315羽が死亡あるいは衰弱している。そのうち約90羽が救護され洗浄,リハビリ後に,放鳥された。油汚染鳥の救護の歴史は幾つかの国々で長く,これまで全体で,少なくとも3~4万羽の油汚染海鳥が救護され放鳥されている。油を洗浄し放鳥された海鳥が生残し,それぞれの個体群の動態に関与できているかの検証が,保全生物学的な観点からここ10数年来,要望されてきた。本稿は海外(英国,オランダ,北米,南アフリカ共和国)で最近相次いで提出された油汚染リハビリ海鳥の放鳥後の生残についての研究結果に基づき,リハビリ放鳥された油汚染経験海鳥の動向を考察し,現状と問題点を整理した。
標識放鳥された海鳥の回収状況から推定された放鳥後の生残率と生残日数は,亜高緯度海域で救護後に標識放鳥された潜水性海鳥4種(ウミガラス,クビナガカイツブリ,ビロードキンクロ,アラナミキンクロ)ですべて著しく悪く,たとえば英国のウミガラスで放鳥初年の生残率が0.6%,北米のウミガラスの平均余命が9.6日と推定されている。電波発信機を装着し追跡した中緯度海域の水面採食型のカッショクペリカンでは,先の潜水性海鳥よりも生残期間が長かったものの,繁殖に参加できていない。これとは対照的に,南アリカ共和国で救護され,標識放鳥された中緯度海域のジャッカスペンギンは,放鳥初年度に約半数が生残し,次年度の年生残率は健常個体群に匹敵していた。このペンギンは国際レッドデータブックで準危惧種に指定されており,油汚染個体のリハビリ放鳥は,この種の地域個体群,あるいは場合によっては種個体群そのものの減少を幾分緩和するのに成功してきたとみなせるだろう。油汚染した海鳥を救護して放鳥しても現状では保全効果がない北半球の浅海•沿岸性潜水型鳥類や表面採食型鳥類で,有効なリハビリ技術が開発され,今後これらの鳥類の生残を高めることが可能となれば,積極的な保全要請の高い絶滅危惧種あるいは危急種などが油汚染した場合に,有効な救護手段の一つになりえると考えられる。
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