オオハクチョウ(
Cygnus cygnus)の生息域の大半は,ロシアおよびその周辺の旧ソ連邦共和国の境界内に含まれている。従来,本種に関する研究の多くは,ヨーロッパと日本で行なわれてきたが,1980年以降,ロシアでもかなりの量の研究が行なわれるようになった。これらの研究の大半はロシア国内の論文誌,それも地方の論文誌で発表されることが多いため,ロシア以外の研究者がこれらの文献に接したり,入手したりする機会も非常に限られていたが,これまでにロシア西部とシベリア西部に関する文献の多くを整理検討した(Brazil & Shergalin 2002)。このたび私たちは,引き続き文献の整理検討を行ない,次の2地域:1)ロシア中部および東部(エニセイ川からレナ川まで),2)ロシア極東部(レナ川からベーリング海まで),における本種の生息状況と分布の全体像を明らかにした。
現在,オオハクチョウの個体群サイズに関する正確な情報が手に入るのは,ヨーロッパ地域のみであるが,今回扱ったロシア2地域の面積は,ヨーロッパのオオハクチョウ個体群分布域と同じくらいか,あるいはかなり上回っている。本論文で扱った2地域には特に,オオハクチョウが繁殖可能な広いハビタットがあるが,個体群の大半は,ロシア国境の外側で越冬している。東に延びる繁殖域は,チュコト半島のアナディル渓谷やカムチャツカなどの,極東ロシア東端まで達している。繁殖域の北限は北緯67~68度の間であるが,例外的に北緯72度に達するところもある。ヨーロッパロシア西部における繁殖域の南限は北緯62度であるが,サハリンとカムチャツカにおける南限は北緯55~50度に達する。西側生息域のオオハクチョウの多くは,北緯47~50度のヨーロッパまで南下して越冬するが,シベリア中部および東部とロシア極東部で繁殖する個体の大半は,中央アジアや東アジアの越冬地まで渡りをする。オオハクチョウ越冬地の南限は,日本である。日本では,気候的な理由により,北緯35~40度にかけての低緯度地域に多数のオオハクチョウが越冬しているのが観察される。シベリア中部および東部の推定個体数は文献によってばらつきが大きいが,ロシア極東部の個体数はいくらか正確で,カムチャツカ,日本,朝鮮半島および中国における越冬数から,約6万羽が生息していると考えられる。
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