患者自身の細胞(自家細胞)を使った人工臓器の開発は,バイオテクノロジーの発展が医療に貢献するスキームの中で,技術的な詳細はともかく,最もわかりやすいもののひとつである.細胞培養の技術が進み,さまざまな細胞で培養方法が確立されてきた.細胞の機能はそのままに大量に増やすことができるようになったのである.ならば,それを使って移植用の人工臓器や組織をつくり出そうという考えは,それほど特別なものではない.事故や病気によって身体の一部が失われ,それが自らの組織再生能力で修復できないのなら,その患者の細胞を少し取り出して,それを細胞培養によってふやす.自分の細胞でつくられたものであるため,できあがったものは免疫拒絶を受けることなく移植部で生き続けることができる.
再生医療の名のもと,生きた細胞を培養し患者治療に用いるという発想が急速に発展してきた.臓器移植などのこれまでの移植医療にまつわる課題を解決できるとの期待からである.自身の細胞を用いることで,免疫拒絶が回避できる.ドナーの存在を待つこともない.まさに究極の移植医療をつくり出す可能性に満ちている.筆者らは1990年代より,さまざまな培養細胞を用いた患者治療を行ない,多くの臨床的有用性を示してきた.その経験をふまえると,当時の技術レベルでも十分な治療効果を示すことができる疾患もあった.以来15年以上が経過した.以前にも増して,国内外を問わずさまざまな臓器や組織の再生が試みられている.最近ではこれに用いる究極の細胞としてiPS細胞が報告された.このことは,研究者のみでなく一般の市民にも知られる事実となっている.
筆者らは,培養細胞を用いた医療の普及を目的に,さまざまな活動を行なってきた.本稿では,再生医療の普及を目指した産業化についてわれわれの経験を述べたい.また,その課題と将来展望をお示しできればと思っている.
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