分裂酵母において,新たに合成される糖タンパク質糖鎖の末端に酸性基としてピルビン酸が付加される.筆者らは糖鎖のガラクトース残基にピルビン酸を転移する新奇酵素Pvg1の立体構造を明らかにした.本酵素を用いて合成したシアル酸の代わりにピルビン酸が付加したN-結合型糖鎖は,α2,6-結合のシアル酸と類似したレクチン結合特異性を示した.また,Pvg1と相同性の高いタンパク質はほかの糸状菌などの微生物や軟体動物にも存在しており,ピルビン酸化酸性糖鎖は原核生物のみならず真核生物にも広く分布していることがわかってきた.本解説では,ピルビン酸含有酸性糖鎖の構造と生体内における役割について紹介したい.
果実のおいしさは,適度な甘味とさわやかな酸味,多汁によるみずみずしさに依るところが大きく,さらに,多くの果実はその特徴的な香りが重要である.香気分析は機器分析により得られる化学特性に,ヒトによる感覚特性を組み合わせて行うことが求められる.生鮮パイナップルを例に,AEDA法を用いたGCにおいかぎ分析と定量および官能評価を併用した果実の香気寄与成分の解明について紹介する.なお,本稿で果実とは,日本食品標準成分表(1)に収載されている果実類を指すこととする.
細胞表面に提示される糖鎖は,組織特異的に,また,発生段階特異的に発現が制御されており,その一部は胚性幹細胞のマーカーとしても使われている.しかし,幹細胞における糖鎖の役割については,不明な点が多かった.一方,ヘパラン硫酸などの硫酸化糖鎖は,線維芽細胞増殖因子(FGF),Wnt,骨形成タンパク質(BMP)などの共受容体として機能している.これらのシグナルは,組織幹細胞や胚性幹細胞の維持や分化を決めており,糖鎖もまた,これらの幹細胞の維持や分化に大きく関与すると考えられた.本解説では,幹細胞における糖鎖の機能をショウジョウバエの組織幹細胞から,マウスやヒトの胚性幹細胞をはじめとする多能性幹細胞まで,その現状を紹介する.
地球温暖化の進行や近い将来の原油の枯渇に備え,生物由来の再生可能エネルギーが注目されている.なかでも微細藻類は次世代のバイオ燃料資源として期待され,有用藻の探索が進められている.一方,野生株でバイオ燃料をはじめとする化成品を低コストで生産するには限界もあり,有用変異株の単離や形質転換技術の開発がブレークスルーとなる可能性がある.われわれは,微細藻の中でも珪藻に着目し,実用珪藻(ツノケイソウ)の実用的形質転換技術を確立した.そして珪藻の生産性の強化だけでなく,珪藻が本来産生することができない有用物質も生産させることを試みている.本稿では,この技術開発の概要,ならびに研究開発の現状,今後の展望を紹介する.
紅(べに)は紅花(ベニバナ)の加工花から得られる赤色色素であり,その数千年にも及ぶ用途は,動物性および植物性繊維の染色,化粧品,医薬品および食用色素である.筆者らは紅の前駆物質などベニバナ色素の化学構造を決めて以来,ベニバナが紅を合成する仕組みについて興味をもってきた.最近,花で発現する遺伝子を網羅的に明らかにするトランスクリプトーム解析を行うことで,紅の生合成にかかわる遺伝子の候補が見えてきた.本稿では紅の化学的および生物学的背景について,また最新の研究結果と周辺領域の研究とを合わせて見えてくる紅の推定生合成経路について解説する.
本研究は,日本農芸化学会2017年度大会(開催地:京都女子大)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.新潟県では林業を活性化させる政策の一つとして,県産杉のブランド化が試みられており,さらなる高付加価値化を目指した「越後香素杉」が開発されている.この特徴の一つである香りに着目し,木材中に含まれる精油を抽出し成分を分析することで,一般杉材と比較したときの優位性を明らかにした.