ビフィズス菌は私たちの腸内環境を健全に保つうえで欠かすことができない腸内細菌であり,大腸に生息し私たちと共生関係を構築している.ビフィズス菌は,オリゴ糖だけではなく糖タンパク質や多糖を含めたさまざまな難消化性糖質を分解代謝することができる.近年,ビフィズス菌がもつユニークな糖質分解酵素群の発見により,糖タンパク質や多糖がプレバイオティクスとしてビフィズス菌を増やす仕組みが明らかになってきた.本稿では,ビフィズス菌がもつ糖タンパク質糖鎖の分解代謝システムを中心に,ビフィズス菌の糖質獲得戦略を解説する.
食品に含まれるタンパク質は,栄養源としてだけではなく多彩な食品物性・機能を具備している.食品加工において,タンパク質のような高分子化合物が示す特徴的な物性や機能の‘源’は加工時に形成されるナノスケールの凝集体構造にあり,その構造に依存した分子間相互作用により動的性質が発揮されている.したがって,食品の高分子化合物のナノスケールの凝集体構造とその凝集体間の相互作用を解明することにより,食品物性の発現機構が明らかになると考えられる.しかし,不溶性である高分子凝集体のナノ構造は分析手法が限られているため,食品科学分野では未開の領域として取り残されてきた.一方,材料科学の分野では,ソフトマターのナノ構造の解明に固体だけでなく溶液中の粒子構造の分析も可能である量子ビーム(X線および中性子線)を用いる小角散乱法が導入され,物性と構造の相関に関する知見が集積されてきている.食品科学分野でも今後,小角散乱法とさまざまな物性解析とを組み合わせて研究することにより食品物性の発現機構をナノ構造との関係で論じることが可能になると考えられる.本稿では,タンパク質の中で最も古い研究の歴史をもち特徴的な物性を示す代表的な植物性食品タンパク質であるコムギタンパク質グリアジンについて最近筆者らが行った解析を例にとり,量子ビーム小角散乱解析の理論と実施法について紹介する.なお,小角散乱法の解説に加えて,最近筆者らが開発したグリアジンの新しい抽出法についても概説する.
植物ホルモンは種子植物に広く存在し,低濃度で生理活性や情報伝達を細胞間で行う物質である.なかでもアブシシン酸は気孔の閉鎖,種子の成熟,休眠に働き,特にストレス応答に重要である.近年,種子植物におけるアブシシン酸レセプターの実体が明らかにされ,シグナル伝達における分子機構の解明がめざましく進んでいる.一方で,種子植物以外でもシアノバクテリア,藻類,コケ,シダ,菌類,動物などからも相次いでアブシシン酸が検出されている.本稿では,藻類におけるアブシシン酸の機能と進化を中心として,さまざまな生物における合成,機能,シグナル伝達について概説する.
細胞が,その生存が脅かされるほどの強い環境ストレスを受けたとき,じっと耐えるもの,積極的に応答して状態を変えるもの,あるいは運良く元々適合的な状態にあったために生き延びるものなどがいるかもしれない.そのような強いストレスに置かれたときの個々の細胞の動態を顕微鏡下で観察できれば,ある細胞集団が生き延びたとき,その背後で個々の細胞がどのような生存戦略を用いたのかがわかるだろう.実際,パーシスタンス現象と呼ばれるバクテリアの適応・順応現象の1細胞計測から,生物種や環境に応じた異なる生存戦略が明らかになりつつある.
真核生物の細胞内には,膜で覆われた細胞内小器官(オルガネラ)が幾種も存在し,それぞれのオルガネラは細胞生育において必須な役割を果たしている.出芽酵母を用いた近年の研究から,細胞分裂時において,核/染色体のみならず,オルガネラも積極的に娘細胞へと分配されており,かつ,オルガネラ分配は細胞生育において重要であることが示されている.さらに,多くの真核生物においては,細胞分裂時に核膜の崩壊と同様に,ゴルジ体の構造が劇的に変化することから,細胞分裂時におけるオルガネラ分配制御は種を超えて存在することが強く示唆される.本稿においては,近年急速に理解が進んできた酵母におけるオルガネラ分配の分子機構を中心に解説する.