腸管内には多種多様な細菌が常に生息し,通常,宿主と平和的な共生関係を築いている.しかし,この共生関係が崩れると,炎症性腸疾患や肥満,糖尿病をはじめとする生活習慣病,大腸がんなど各種疾患の発症につながるため,腸内環境を恒常的に維持することは健康維持に重要である.一方,腸管内に分泌されるIgA抗体は粘膜面の病原菌防御だけでなく腸内常在細菌の制御にも重要であり,それらの共生関係の維持にも極めて重要であると考えられる.しかし,具体的にIgA抗体が腸内細菌をどのように認識し制御するかは明らかになってはいなかった.そこで今回,私たちはマウスの腸管由来モノクローナルIgA抗体を単離して,腸管IgA抗体による腸内細菌制御のメカニズムの一部を明らかにした.
1991年に遺伝学的な解析によって,がく,花びら,おしべ,めしべという4つの花器官は3つのクラスの遺伝子の組み合わせ「ABCモデル」によってつくられることが報告された.その後の研究により,これらの3つのABC遺伝子がどの組み合わせではたらくのかを決める分子的なメカニズムが明らかになっている.さらにABC遺伝子がはたらき始めるための上流の仕組み,およびABC遺伝子が制御する多種多様なイベントと複雑な下流のネットワークの一端もわかってきた.この解説では,近年の研究から見えてきたABC遺伝子が花をつくるための仕組みと順序,およびそこから見えてきた今後の課題を述べる.
タイプIモジュラーポリケチド合成酵素(モジュラーPKS)は,極めて多様な構造の化合物を合成するという特性から,優れた“天然の化学工場”と言える.モジュラーPKSはアシルCoAを基質として利用するポリメラーゼであり,さまざまなアシルCoAを順次縮合することにより,一般にポリケチドと総称されるさまざまな化合物を合成する.最近,基質となるアシルCoAの種類がタンパク質合成におけるアミノ酸のそれに匹敵することが明らかになった.これら多様なアシルCoAを自在に縮合することができれば,合成しうる化合物の種類は天文学的な数になる.本稿では,その鍵となるモジュラーPKSの基質特異性のリプログラミングに関する最新の研究成果を概説する.
一酸化窒素(NO)は拡散性のフリーラジカルであり,生体内において重要なシグナル分子として機能する(1).哺乳類の細胞内でNO合成酵素(NOS)によってアルギニンと酸素から合成されるNOは,主に医学的な観点からその生理機能が盛んに研究されてきた(2).その後,哺乳類以外に植物や細菌など多くの生物種においてNOの生理機能が明らかにされつつあるが,高等生物のモデル生物として,また種々の発酵化学産業において重要な酵母に関しては,ゲノム上に哺乳類型NOSのオルソログ遺伝子が保存されておらず,解析は進んでいなかった.本稿では,酵母に見いだしたNOS様活性とその制御機構,およびNOの生理機能について,筆者らの最新の研究成果を交えながら解説する.
植物は生活環のほとんどで移動することはないが,「運動」する.さまざまな植物の運動の中でも「屈性」という成長運動は,進化論で有名なDarwinなど多くの研究者の興味をひ引いてきた,植物生理学の課題である.屈性の特徴は,植物が光,重力,水分,接触などの刺激の方向を認識したうえで成長方向を変化させる,という点にある.屈性は,刺激受容,細胞内シグナル伝達,細胞間シグナル伝達,器官屈曲の順に反応が進むと考えられる.後に紹介するが,細胞間シグナル伝達や器官屈曲とオーキシンとの関連性は,近年分子・細胞レベルの研究が進んでいる.本稿では重力屈性を中心に,最新の知見を概説する.また最後に,植物の側方器官が重力を指標に一定の角度を保って成長をする傾斜重力屈性と呼ばれる現象についての解説も加える.
本研究は,日本農芸化学会2017年度大会(開催地:京都女子大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.今回の金賞受賞校でもある発表者の研究対象はなんと,私たちの日常生活でも忌み嫌われる「ゴキブリ」.ゴキブリを退治しようと新聞紙を丸めて追いかけると,壁を自由に走り回って逃げてしまう.ゴキブリはどうして平滑で垂直な壁を自由に歩くことができるのか? という疑問が本研究を行う動機になったという.こんなユニークなきっかけで開始された本研究であるが,終始,科学的な視点と手法を失わず,鋭い観察眼によって生物のもつ構造・機能的解析を進める手法は,研究材料の特異性だけでない,たいへん優れた内容であり,金賞受賞校にふさわしい研究発表であった.