根頭がん腫(がんしゅ)病は,土壌中に存在する特定の植物病原細菌Rhizobium vitis(Ti)によって起こる植物病害の一つである.特にブドウにおいては,世界中で発生しているにもかかわらず有効な防除技術がなく,甚大な被害をもたらし続けている.筆者らは,本病の発病を強く抑制する能力を有する新規拮抗細菌・非病原性R. vitis ARK-1株を発見し,それを用いた予防技術の確立に成功した.ARK-1株を主成分とする生物農薬(微生物製剤)を共同開発し,実用化に向けて進めている.本稿では,ARK-1株の発見に至る過程や防除効果,またその防除メカニズムについて紹介する.
単細胞真核微生物の酵母には性分化と呼んでもいい「接合型システム」があり,遺伝的多様性の創出に役立っていると考えられている.この酵母細胞の接合型は遺伝的に別のタイプの接合型にスイッチすることが知られており,この接合型変換機構の詳細は出芽酵母と分裂酵母で非対称分裂の細胞分化のモデル系としても長年研究されてきた.また最近になって,系統的に離れたメタノール資化性酵母での新しい接合型スイッチ機構が発見された.本稿ではヒトを含めた動植物細胞の多様な分化の仕組み解明への貢献も期待し,酵母の系統関係と酵母の接合型スイッチングについて紹介したい.
脂肪細胞から分泌されるレプチンは,脳の視床下部に働いて摂食を強力に抑制する.肥満により脂肪組織が肥大するに従ってレプチンの分泌量が増加するため,レプチンによる食欲制御機構は動物の体重を一定に保つシステムとして機能していると考えられる.しかしながら肥満が続くと,レプチンが視床下部に作用しにくくなるレプチン抵抗性が生じることで肥満が解消しにくくなる.本稿では,レプチンの情報伝達制御機構ならびにレプチン抵抗性の形成機構について解説するとともに,われわれが最近明らかにしたチロシンホスファターゼであるPTPRJによるレプチンシグナルの制御機構について解説する.
転写因子は遺伝子の発現を時間的,空間的に制御する.制御のためには転写因子が何らかのメカニズムにより活性化されなければならない.代表的な例としてはタンパク質のリン酸化が挙げられる.また,通常は膜に結合した不活性型として存在するタンパク質が,刺激により膜から遊離し,核へと移行し転写を誘導するタイプの転写因子が存在する.特に,動物,植物の小胞体ストレス応答(後述)で膜結合型転写因子に関する研究が進んでいる.さらに植物での活性化機構に関して最近,進展が見られたことから,本稿では主にモデル植物シロイヌナズナの小胞体ストレス応答で見られる膜結合型転写因子の活性化機構について概説する.
主要な油糧作物であるゴマ(Sesamum indicum)の種子は,古くから体に良い食べ物として食用あるいは薬用として利用されている(1).近年,その有効成分が,ゴマ種子に高蓄積される特有のリグナン類((+)-セサミン,(+)-セサモリン,(+)-セサミノール)であるという研究が多数報告され,健康機能成分としてのリグナン類のさまざまな生理作用が注目されている(2, 3).またゴマ油がほかの食用油と比較して傷みにくいのは,(+)-セサモリンの分解により生成する抗酸化成分,セサモールや(+)-セサミノールがゴマ油の酸化劣化を防ぐことによる(4, 5) など,ゴマリグナンは私たちの暮らしの中で身近な存在である.一方,それらの生合成には未解明な部分があったが,最近の研究によりその全容が見えてきた.
老化はがん,心筋梗塞,脳梗塞,糖尿病,アルツハイマー病,サルコペニアなどの現代の難治性疾患の主要な危険因子であり,老化のメカニズムの理解とその技術的解決は現代医学の未解決問題を一網打尽で解決し,健康な生存期間を飛躍的に延長できる可能性を秘める.本稿では大学の老化研究を臨床応用する試みを紹介し,老化予防,さらには若返りを標ぼうする21世紀型健康科学の到来の兆しを読者に提供する.
本研究は,日本農芸化学会2018年度大会(開催地:名城大学,名古屋)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.沖縄県は多くの特産品が存在することはよく知られているが,本研究はその気候の特性である紫外線の強さと,植物の性質を鑑み,ベニイモの皮成分に着目した.ベニイモの皮から紫外線吸収物質を抽出・精製し,物質の特性,安定性を調べ,さらに日焼け止めの作製を行い,その効果を化学的に解析し,使用者へのアンケートを同時に行うことで実用化に向けた試みを行った.この一連の研究から新たな沖縄の特産品が産出されることが期待される.