本稿では筆者が研究者として大切にしてきた「研究者としての心がけ10か条」を紹介したい.この10か条は筆者が三共(現第一三共)を退職して農工大学に移った頃に(1980年頃),友人から見せてもらい,自分でも気に入って大切にしてきたものだ.30年も前のことで,10か条の一部か大部分が変わっているかもしれない.古臭い話で,現在にはそぐわないかもしれないが,現在では忘れられている昔の良さを思い出すきっかけになればと思い紹介する.
Compactin (ML-236B)は,青かびの一種,Penicillium citrinum Pen-51の代謝産物からコレステロール合成阻害物質として単離されたHMG-CoA reductaseの競合的阻害物質である.培養細胞系に添加すると,ステロール合成を強く阻害したが,脂肪酸合成を阻害せず,また,DNA合成,RNA合成,タンパク質合成を全く阻害しなかった.しかし,高濃度で長時間培養すると,細胞内に充分コレステロールが存在するにもかかわらず細胞増殖は停止した.この増殖停止はメバロン酸によりブロックされたので,コレステロール以外にステロール合成系(バイパス経路を含む)の何らかの産物が細胞に必須であると推定された.既存のクロフィブレート系薬剤はCompactinと異なり,無細胞系ではHMG-CoA reductase活性を全く阻害しないが,培養細胞系に添加すると,分解系を亢進させHMG-CoA reductase酵素量を低下させた.Compactinはラットでは良い結果は得られなかったが,イヌ,サルでは,劇的にコレステロール値を低下させた.世界初の臨床試験でも優れた治療効果が得られていたが,動物の長期毒性実験の結果で中止になった.しかし,compactinの代謝産物pravastatin(メバロチン)の開発を成功させ,上市に至った.現在では,類縁物質の7種のスタチンが心筋梗塞予防薬として世界中で使用されている.
遠藤 章先生によって発見された世界最初の本格的抗コレステロール薬(コンパクチン,ML-236B)を,世界で初めて難治性重症高コレステロール血症の患者さんに使わせていただく光栄に浴したものとして,先生のガードナー国際賞受賞を心からお祝い申し上げます.現在,高脂血症治療の第一選択薬として広く使われている数種のスタチンは,すべてML-236Bを雛型として開発されたものであり,先生のML-236B開発にかけたひたむきな努力と,苦難と挫折を何度か乗り越えてこられた忍耐の賜物であります.私と先生の付き合いはすべてこのスタチンとともにあり,ここでは当初の臨床開発の軌跡をたどることによって治療にかけた情熱を皆様と分かち合いたいと思います.
遠藤 章博士によるスタチンの発明は,人類史上はじめてコレステロール合成の本格的な制御を可能にし,肝臓やマクロファージをはじめとするヒトの細胞におけるコレステロール代謝の解析が大きく進み,メガスタディによる動脈硬化の予防の実証を可能にした.そのインパクトは20世紀の世界の医薬品開発と臨床医学を大きく変えた.年1兆円以上のブロックバスターを生み出し,グローバルなメガファーマの成立をうながした.だが,スタチンの影響はそれにとどまらない.コレステロールのメガスタディの評価は新たな論争を生み出し,単純化した標準治療や,コレステロールをはじめとする脂肪制限の栄養学には大きな批判も生まれている.スタチンの多面的作用の検討から,人体内の神経,血管,骨免疫系などにおける膜脂質とベシクル輸送におけるコレステロールのシグナル分子としての役割を明らかになりつつある.遠藤章博士のスタチンの発見は,医学薬学のパンドラの箱をあけ,21世紀の生命情報科学の創成をうながしている.
コレステロール合成はアセチルCoAを出発基質として,およそ30段階の酵素反応を介して行われる.こうして炭素数2の化合物から炭素数27の複雑な構造を有する化合物がヒト肝臓で1日1g程度合成されると推定されている.したがって,この合成経路を遮断することは体内コレステロール量を減少させるのに有効であり,そのような考えに基づき,合成経路の律速酵素HMG CoA還元酵素の阻害剤であるコンパクチンが遠藤らにより開発された.コレステロール合成は,最終産物であるコレステロールによるネガティブフィードバック制御による精緻な調節機構のもとに進行している.その一つの機構として,HMG CoA還元酵素をはじめとする合成に関与するすべての酵素の遺伝子発現はコレステロール量の増加に伴い,転写レベルで減少する.同時にHMG CoA還元酵素タンパク質は細胞内コレステロール量が増加すると,速やかに分解される.合成経路の律速酵素であるHMG CoA還元酵素はこの2つの制御を受ける唯一の酵素である.このように細胞内でコレステロール量を制御するシステムとして,HMG CoA還元酵素活性は精妙にコントロールされており,その制御機構の細胞生物学的解明にスタチンは極めて重要な役割を担ってきた.
現代社会では,「コレステロールは悪者だ」というイメージが定着している.しかし,コレステロールはヒトの生命維持にとって必須の化合物であり,われわれの体内では20段階を超える酵素反応によって合成されている.教科書などには,「コレステロールは,動物の生体膜の主要な構成成分の一つとして膜の物理化学的性質に関与するとともに,胆汁酸やステロイドホルモンの生合成材料としても重要である.」と説明されている.過剰なコレステロールは膜の物理化学的性質を変えてしまい,それが健康にとってよくないのだろうか? 本稿では,過剰なコレステロールがなぜ健康にとってよくないのかを考えてみたい.
CeruleninやML-236B(compactin)の発見とその大きな成果に触発され,微生物資源から脂質代謝を阻害する機能分子の発見に注力してきた.中でも中性脂質(コレステリルエステルやトリグリセリド)の代謝を制御する新規機能分子として,いずれも真菌(カビ)の代謝産物中より発見したbeauveriolide類,pyripyropene類そしてdinapinone類について,その発見の経緯,ケミカルバイオロジー研究,さらに創薬への可能性を総括する.
植物配糖体のアグリコンは,従来,不活性な生合成前駆体であると認識されてきた.今回,われわれは,哺乳類において強心配糖体アグリコン“ウアバゲニン”の生理活性を初めて見いだした.すなわち,ウアバゲニンはオキシステロール受容体LXR (Liver X Receptor) のリガンドとして,腎臓での上皮性ナトリウムチャネルの発現を抑制した.多様なLXR生理作用を選択的に制御するリガンドは,有用な創薬シーズとして期待される.このため,ウアバゲニンが重篤な副作用の脂肪肝を惹起せず,選択性の高いLXRリガンドであったことは,新たな医薬シーズの可能性を提示している.以上,本研究では,新規生理活性物質の探索における配糖体アグリコンの有用性について紹介する.
ガードナー国際賞(2017年),ラスカー臨床医学研究賞(2008年),日本国際賞(2006年)など数々の国際賞を受賞した遠藤 章博士のスタチンの発見は,虚血性心疾患(動脈硬化とそれに起因する血栓による動脈閉塞が原因)の予防と治療の新たな扉を開いた.筆者らは,血栓溶解を促進する生理活性物質の探索の過程で多くの化合物を同定し,糸状菌Stachybotrys microsporaが生産するtriprenyl phenol化合物群SMTPの医薬開発を進めている.SMTPは血栓溶解促進作用と抗炎症作用を併せ持ち,脳梗塞(血栓による脳虚血に伴う病態)の改善に著効を示す.本稿では,SMTPの発見から医薬開発までの道のりを,遠藤博士とのエピソードを交えて紹介する.
微生物からのスクリーニングは,時として予想外の大きな発見をもたらす.真菌の形態異常を惹起する抗真菌抗生物質として東京大学の醗酵学研究室で発見されたレプトマイシンは,生命の根幹にかかわるタンパク質核外輸送因子の発見と画期的抗がん剤開発研究を可能にしたユニークな天然物である.レプトマイシンの標的として同定された機能不明のCRM1は,真核生物共通のタンパク質核外輸送因子であることが明らかになった.その後,CRM1は骨髄腫をはじめ多くのがんで重要な役割を果たすことが明らかになり,現在,最も大きな注目を集めるがんの分子標的の一つとなっている.本稿では,微生物スクリーニングから始まって,生物学上の重要な制御因子の発見と新たな創薬標的の発見をもたらしたレプトマイシンの物語を振り返ってみたい.
天然物創薬研究が衰退しつつある今日,このたびの遠藤先生のガードナー国際賞ご受賞は「天然物スクリーニングから創薬へ」を再認識させ,これが天然物創薬研究の再活性化につながることになることを期待する.天然物スクリーニングは創薬研究だけでなく,ケミカルバイオロジー研究を展開するうえでのバイオプローブの探索でも非常に有効な手段である.ここでは,話題提供として,われわれの「創薬に至らなかった天然物スクリーニングとケミカルバイオロジーへの展開」を紹介する.
大村 智先生(北里大学特別栄誉教授)らのノーベル生理学・医学賞受賞(2015年),長田裕之先生(理化学研究所環境資源科学研究センター副センター長)のThe Inhoffen Award受賞(2015年)に続いて,遠藤 章先生(東京農工大学特別栄誉教授)のガードナー国際賞受賞(2017年)によって,天然有機化合物(天然物)のスクリーニング研究の重要性・有用性が再認識されつつある.しかし,2016年の世界の大型医薬品売上トップ10のうち低分子医薬品は3製品のみであり,残り7製品はバイオ医薬品が占めている.このような現状の中,“切れ味の鋭い生物活性物質(新薬)は新しいサイエンスを切り拓く”の理念に基づいて,アカデミア天然物創薬を目指している当研究室の最近の天然物創薬ケミカルバイオロジー研究について紹介する.
無駄な実験をしない合理的な創薬手法が主流となった現在でも,セレンディピティで薬の種を見つけることは可能であると思っている.しかし,そのためには,いかに与えられたチャンスを逃さず,誰よりも早く拾い上げる感性をもって創薬に臨むかが重要である.筆者のセレンディピティ創薬の成功例として,2017年に日本でも承認されたヒストン脱アセチル化の阻害活性をもった抗腫瘍剤FK228(イストダックス:一般名ロミデプシン)の発見経緯と当時のスクリーニングの姿勢を回顧し紹介したい.また,私見となるが,これからの創薬イノベーションの展望と,つくば地区におけるイノベーションを起こす最近の取り組みについてもあわせて紹介する.
このたびの遠藤 章先生のガードナー賞のご受賞,誠におめでとうございます.遠藤先生はコレステロール低下剤のみならず,東京農工大学にご在籍の間,「歯磨きガム」に利用された歯垢形成阻害剤や,細胞分離・分散を容易にするコラゲナーゼなど,産業利用された数々の研究業績を残されている.その中で,筆者が遠藤先生の門下生として始めたメバロン酸の発酵生産研究も企業化されており,歴史のあるメバロン酸の発見から量産化までの経緯,素材としてのメバロン酸の利用およびメバロン酸発酵技術の新しい応用例について紹介する.