1516年に発布されたという「ビール純粋令」で「ビールに大麦(麦芽),ホップ,水以外の原料(後に酵母が追加)を使用してはならない」とされているのは耳にしたことがある人が多いだろう.しかし,大麦は広く栽培され食用にも用いられているため目にする機会が多いと思われるが,栽培地域が限られ,ほとんどビールにしか用いられないホップがどういった作物であるか,ご存じの方は少ないのではないだろうか.サッポロビール株式会社はそのホップ品質に関する研究を長年広範囲に取り組んできた.その中から,栽培安定化への世界的貢献,継続的な優良ホップ品種の育種,ホップ特有の成分に関する多角的解析,この3点について紹介する.
生物はDNA, RNA,タンパク質,糖質,脂質といったさまざまな有機化合物で構成されているが,なかでも生命現象を生み出す原動力となるのはタンパク質である.タンパク質には,修飾を受けることで活性や局在がダイナミックに変化する,というほかの化合物にはない性質があるからである.膜タンパク質シェディング(以下シェディング)は,細胞膜に埋め込まれた膜タンパク質を切断し細胞外領域を可溶化するという,タンパク質の存在様式を不可逆に変換する影響力の強い修飾機構である(図1).本稿ではまずシェディングの生物学的な意義について説明し,続いて筆者の研究から明らかになったシェディングの役割や制御機構に関する知見を紹介する.
生物はどうやって温度を感じるのか? 非常にシンプルな問いであるが,わからないことが多い.これまで,さまざまな生物で温度センサー分子が報告されているが,植物では一つも見つかっていなかった.筆者らは,植物細胞で起こる温度依存性の葉緑体配置変化について研究し,最近,青色光受容体フォトトロピンが温度センサー分子であることを発見した.また,この発見を基盤にして,生物の温度感知に関する新しい説を提唱している.本稿では,青色光受容体フォトトロピンによる温度感知のメカニズムを解説するだけでなく,これの解明にたどりつくまでの10年間について記録したいと思う.
小型の記録計を対象動物に搭載し,動物の行動や生理,あるいはその周辺環境を測定する手法が注目を浴びている.直接観察が難しい海洋動物を対象として始まったこの手法には,バイオロギング(biologging)という名前が付けられ,現在広く野生動物調査に用いられている.たとえば,鳥類であるペンギンが,餌を捕るために深度300 mへの潜水を繰り返す間に,その体深部温度が平熱の38℃から10℃以上も低下するなど,主に陸上動物を対象とした研究で構築されてきた従来の常識を覆すような発見が相次いでいる.本稿では,爬虫類であるウミガメ類の体温とその特徴に関連した生活史について,バイオロギングによって明らかになった成果を紹介する.
読者の中には,うっかりメールを誤送信した経験をおもちの方もおられるだろうか.誤送信が問題になるのは,分子レベルでも同じかもしれない.タンパク質の翻訳後修飾を司る酵素の基質特異性が不十分であれば,情報伝達に混乱が生じ,細胞機能に悪影響を及ぼすことになる.酵母の生存に必須なユビキチンリガーゼRsp5は,さまざまなタンパク質のユビキチン化を担っており,Rsp5上のWWドメインやアレスチン様輸送アダプタータンパク質を介して精密な基質認識を実現している.本稿では,WWドメインの変異株が示す多様な表現型と,それらに基づく応用研究事例を紹介することで,Rsp5の多機能性を保証するメカニズムへの理解を深めたい.