植物ホルモンは,植物の一生のさまざまな局面でその生理機能を精密に制御する化合物である.しかし,各々のホルモンは植物体内の部位ごとに多彩な作用を発揮するため,着目する作用だけを狙って誘導することが難しく,植物ホルモン研究やその応用における大きな壁となってきた.もし植物ホルモン応答の精密操作法が確立できれば,ホルモン応答の仕組みをより深く理解するだけでなく,農業園芸分野へのこれまで以上の応用展開も期待できる.最近われわれは代表的な植物ホルモンであるオーキシンの応答の自在操作を可能にする画期的な手法を開発した.そこで,その開発の基となった凸凹法の紹介とともに,本手法の開発経緯や展望について解説する.
植物は重力に対抗して垂直に立つ強度が求められる.この戦略の一つとして植物は細胞壁をもっていると考えられている.細胞壁とは糖と糖が連なった多糖を主成分とした,細胞膜の外側に作られる構造体である.細胞壁は堅牢かつ柔軟な性質をもっており,外敵や環境変化から細胞を守る鎧としての機能や,細胞内外の情報伝達,植物体の発達や分化,成長にもかかわる多彩な機能をもつ.細胞壁の研究は作物の収量やバイオマスエネルギー生産に直結することから精力的に行われ,細胞壁多糖の生合成に関連する遺伝子が見つかり始めている.しかし,多糖生合成酵素の生化学的性質が十分に解明されていないことが多く,細胞壁の生合成メカニズムの全容はいまだに不明である.本稿では,私たちが生化学的な手法によって見いだしたペクチン生合成にかかわる酵素が属する新規糖転移酵素ファミリーを含め,細胞壁多糖生合成研究の現状と今後の課題について解説する.
細菌は,生き物として単純なシステムをもちながら,周囲の環境変化に対して迅速に応答し適応する優れた能力をもつ.細菌が栄養の存在(欠乏)を感知すると,カタボライト制御やアミノ酸飢餓に対する緊縮応答のような遺伝子発現による応答を行うとともに代謝を変化させ,栄養環境に応じて増殖を制御していく.アシルCoAなど代謝より生じるメタボライトを利用するタンパク質アシル化修飾は,代謝を介して栄養シグナルと細胞応答をつなぐ分子メカニズムとして働く可能性を秘めている.
リンゴポリフェノール,カカオポリフェノール,赤ワインポリフェノール,お茶カテキン等の主な成分は,フラバン-3-オール誘導体と呼ばれるフラボノイド(1)の一種である.多くの植物中に存在し,特に果物類に多く含まれることでも知られる.これらの化合物はさまざまな生物活性を示すことから多くの機能性研究の成果が報告されているが,主に研究されているのは植物から抽出した混合物,あるいは市販されている化合物群であり,同時に含まれるはずの微量成分を用いた研究例は少ない.筆者はこれまで主に,市販されていない,または,植物体から単離することが難しいフラバン-3-オール誘導体の有機合成研究を行い,構造–活性相関研究を行ってきた.
1928年に青カビの代謝産物から世界初の抗生物質となるペニシリンが発見されて以来,微生物から数多くの生物活性物質が発見され,医薬品の開発に多大なる貢献を果たして来た.1990年代になると科学技術の発展とともに製薬業界でもロボットによる化合物合成が採用されることになり,手間とコストのかかる微生物創薬が衰退していった.しかし,現在でも上市されている医薬品の約6割は天然化合物に関連していると言われている.微生物創薬の歴史を振り返りながら「日本」という立場と筆者の専門である菌類学の見地から現状と将来の可能性について紹介したい.
味覚は,食物を摂食可能であるかを決定するうえで重要な化学感覚である.味は甘味,旨味,苦味,酸味,塩味の五基本味からなり,それぞれの味は口腔中の味蕾に発現する受容体タンパク質により受容される(1).近年20年の間に,味覚受容体分子とその関連分子が次々と明らかになり,培養細胞を用いた機能解析技術により味物質の探索や味覚受容の分子メカニズムの解明が行われてきた.本稿では味覚受容体の機能解析技術に関する解説と,私たちヒトを含む動物の食性(食べ物の種類や食べ方)と味覚受容体のかかわりについて紹介したい.
本研究は,日本農芸化学会2018年度大会(開催地:名城大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.葉緑体をもち光合成をする植物,鞭毛運動や体を変形させることで移動する動物,両者の性質をもつ単細胞藻類のミドリムシ,その不思議な生態に魅せられて,発表者らはこの研究をスタートさせた.その先には,地球環境の未来を支えるヒントが隠されているのかもしれない.