キラリティとは実像と鏡像が重なり合わない物質の特徴である.ホモキラリティとは実像または鏡像のどちらかに偏って物質が存在していることをいう.生命には多くのホモキラリティが知られており,アサガオの蔓は多くは右巻きであり,カタツムリの殻も多くは同じく右巻きである.ヒトは一見左右対称だが,肝臓は右で胃は左にあり,ホモキラルな存在である.また,分子レベルでも生命活動にはホモキラリティが知られており,その代表はD-糖とD-アミノ酸である.本稿では,このようなホモキラリティの例外として,特にL-アミノ酸の光学異性体D-アミノ酸が哺乳類でどのように利用され,機能しているかを最近の知見を交えてご紹介したい.
シアリダーゼは,糖鎖末端にあるシアル酸を脱離させる加水分解酵素である.哺乳動物のシアリダーゼには,細胞内局在など特性の異なるNeu1, Neu2, Neu3, Neu4の4種類のアイソザイムがある.これらのシアリダーゼアイソザイムはすべて哺乳動物の脳に発現する(1).シアル酸は脳に豊富に存在し,軸索伸長や神経回路の形成,神経伝達,記憶などシアル酸がかかわる神経機能は多岐にわたる.したがって,シアリダーゼによるシアル酸脱離もまた脳機能の制御に不可欠である.筆者らは,シアリダーゼの新たな機能解析ツールの開発に取り組んでいる.本稿では,同ツールを利用して見いだされたシアリダーゼによる神経活動と連動した神経機能の制御を中心に解説する.
フジツボ,イガイなどの海洋付着生物は,船底,漁網(養殖網・定置網),発電所の冷却システムなどに付着し多大な被害を与えている.これら付着生物の汚損を防ぐために,有機金属化合物などを含む付着防汚剤が使用されてきた.しかしながら,いずれも付着生物を殺生するメカニズムにより付着を防汚していることから,防汚剤による環境汚染が懸念されている.そのため,新たなコンセプトに基づく“環境にやさしい”付着防汚剤の開発が強く望まれている.本稿では,ウミウシなどより単離される付着阻害物質をリード化合物とした,付着阻害活性に関する構造活性相関の考察と“環境にやさしい”付着阻害物質の創製について筆者らの研究を中心に述べる.
傷害が起こった際に,血液が固まる現象(凝固)は生命維持に必須である.また,血管中では凝固反応が簡単に起こらないように,多くの因子により多段階反応で制御されている.この仕組みや薬剤探索の研究はモデル生物としてマウスが用いられている.しかし,魚類もまた同様の血液凝固の仕組みを有し,これを対象にした研究も行われている.魚類としてのモデル生物としてはゼブラフィッシュがまず挙げられることが多いが,日本で確立されたモデル生物であるメダカも,近年では世界レベルで用いられている.本稿では,これらの魚類における血液凝固過程の関連因子について行われてきた研究についてまとめ,その応用研究についても考えてみる.
セレンは酸素や硫黄とともに周期表第16族に属するカルコゲン元素である.セレンと聞くとすぐに毒物を想像する読者も少なからずいるであろう.しかし,種々の生物にとって,セレンは過剰量で毒性を示す反面ごく微量ながら欠かすことのできない「必須微量元素」である.セレンは,ほかの必須微量元素と比べて,その必要量と中毒量との差が小さい点でユニークである.セレンの生理作用は,セレンをセレノシステイン残基の形で含む特殊なタンパク質である「セレンタンパク質」の働きによって主に発揮され,抗酸化,抗がん,抗老化,精子の運動能,免疫システムなど多岐にわたる(Graphical abstract参照).ここでは,動物から植物,細菌に至るまで,セレンおよびセレンタンパク質の生理機能とセレン代謝について,最近の国内における研究動向も含めて解説する.