コリネ型細菌によるグルタミン酸の発酵生産が商業化されて以来,わが国では有用微生物の育種研究が精力的に進められてきた(1).この過程で先人たちは,膨大な数の突然変異株ライブラリーから所望の特性を有した株を効率的に選抜するため,栄養要求性やアナログ物質耐性に着目するといったさまざまな工夫を施してきた.やがて時代がくだり,遺伝子組換え技術を用いた微生物ゲノムの改変が可能となったことで,発酵生産菌の育種研究も大いに加速化された.これらの研究は1998年のStephanopoulosらの著作(2)を契機に,metabolic engineering(代謝工学)という一つの学術分野として体系化されるに至っている.
植物は,微生物の種類を識別する能力をもち,病原菌に対しては感染を阻止するための防御反応を誘導し,共生菌に対しては,菌の侵入を受け入れるための共生反応を誘導する.このような微生物の識別は,植物の細胞表面あるいは細胞内に存在する受容体を介して行われる.植物の病原菌認識受容体の構造や働きは,動物の自然免疫で働く受容体と酷似していることから,病原菌に対する植物の防御応答は,植物免疫と呼ばれている.一方,病原菌は,エフェクターと総称される分子を獲得し,その働きにより植物の免疫反応を阻止し,感染を成立させている.そこで,ここでは植物免疫の誘導機構と,エフェクターによる病原菌の感染戦略に関して,最近の知見を紹介する.
分化によってさまざまな形態の細胞が生じる多細胞生物だけではなく,単細胞真核生物である酵母でも,状況に応じてオルガネラのサイズや機能が変動する.小胞体ストレス応答はあらゆる真核生物に見られる生命現象だが,そのメカニズムの解明については,出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いた研究が先行してきた.本稿では,出芽酵母をモデルとした研究によって,いかにして小胞体ストレス応答についての理解が進み,現在ではどのような研究が進められているのかについて,他の生物種での知見も交えて解説したい.
細胞内のタンパク質機能を解析する際に,そのタンパク質を除去して何が起きるのか,その表現型を観察することは非常に有効な実験法である.近年,タンパク質除去の早さと効率の良さから,低分子化合物を利用したタンパク質分解技術に注目が集まっている.標的タンパク質分解誘導薬やデグロン技術を創薬や基礎研究との関連から概説し,私たちが開発したオーキシンデグロン技術に関して詳しく説明する.
メタノール資化性酵母(C1酵母)を,単一の炭素源としてメタノール(MeOH)を用いて培養すると,MeOHを代謝するために必要なC1代謝酵素群は数百~数千倍に,同時に細胞内容積の80%にも達する巨大なペルオキシソームが誘導される.これを“MeOH誘導性”という.MeOH誘導性プロモーターは真核細胞における最も強力な遺伝子発現系として異種タンパク質生産に利用されている.筆者らは“MeOH誘導性”の新たな応用例として“MeOH細胞センサー”を開発した.本稿では,細胞センサーの特性,それにより初めて明らかになった葉上MeOH濃度と日周変動,MeOH生成酵素の1細胞活性測定および選抜技術について紹介する.
S-アデノシルメチオニン(SAM)は, さまざまな微生物(カビ,バクテリア,放線菌,乳酸菌など)のなかでも酵母,特に清酒酵母の細胞内に高蓄積することが知られており,近年,清酒酵母におけるSAM高蓄積機構の解析をはじめ,SAM蓄積に寄与する酵母遺伝子の過剰発現,突然変異,または欠失によるSAM高蓄積機構の解析や,その遺伝的アプローチを利用したSAMの効率的な工業生産を視野に入れた研究が盛んに行われている.本稿では,これまでに明らかとなっているSAMの蓄積に関与する酵母遺伝子と,その遺伝子情報を用いたSAMの工業生産をより促進させるための遺伝学的および生化学的取り組みについて解説する.