九州南方において黒潮に伴う水温前線が20日程度の周期で繰り返し北上する現象を,はじめて三次元的かつ時間発展的に記述することを試みた。2000~2003年に実施した計6回の 三次元的で密な観測で得た水温・流速のデータおよび中之島での水位データを,観測時の前線位置を指標として並べ替え,その妥当性を他の期間に連続して得られた衛星海面水温画像の時系列および中之島での水位データによって検証した上で,現象の三次元的な時間発展を調べた。その結果,水温前線の北上は,薩摩半島南方の大陸棚斜面上に形成された 300 m深に及ぶ構造をもつ高気圧性の黒潮前線渦(暖水舌)が,北東方向に移動して消滅す る過程の一側面であることが分かった。
夏季の過栄養内湾(洞海湾)の物質循環過程に及ぼす低次生産過程の影響を明らかにするために,粒子状物質の生化学的特徴を調べた。調査は赤潮が発生している1995年8月と1996年8月にセディメントトラップを湾内の3箇所に設置して沈降粒子の捕集を行った。湾内における沈降粒子束は8.2~307g m-2 day―1 と瀬戸内海など他の海域で得られている値より全般的に高かった。また沈降粒子束は湾口(Stn.2, 20.1~62.5 g m-2 day-1)より湾 奥(Stn.6, 41.8~307 g m-2 day-1)の方が大きく,各定点とも水深3 mより7 mの方が 大きい傾向が見られた。粒子状物質の親生物元素組成比を見ると,湾口から湾央の沈降粒子(1996年Stn. 2, 3m C : N : P=68 : 10 : 1, Stn. 4, 3 m C : N : P=71 : 10 : 1)と懸濁粒子(1996年C: N : P=57 : 12 : 1)は近似していた。また,沈降粒子の有機態炭素フラック スに占める植物プランクトン由来有機態炭素フラックスやフィーカルペレット態有機態炭素フラックスの割合は湾口に行くに従い大きくなることが確認された。湾奥で得られた粒子状物質の親生物元素組成比を見ると,沈降粒子のC/N(11~21)が懸濁粒子のC/N(4.6)やレッドフィールド比(6.6)に比べ高いため,陸域由来の粒子状物質の影響を受けていると考えられた。これらの結果から,湾内における粒子状物質の由来や物質循環過程は空間的に大きく異なり,湾口から湾央にかけては低次生産過程が寄与しているが湾奥は陸域の影響を受けていることが示唆された。
黒潮が直進路を取り, 潮岬に接する形で流れるとき, 紀伊半島南西海岸沖に振り分け潮という特異な流れが発生する。振り分け潮の東部の東流部は, 接近した黒潮の強流部の北縁部分であるが, 西部の西流部の特性は明確にされていない。竹内(2005)は, 紀伊水道奥陸棚に接する形で発生する反時計回りの冷水渦に, 振り分け潮の西流部が連続的につながっ ている海況例を紹介している。また, 福田ら(2002)は, 数値モデル計算によって, 紀伊水道に発生する反時計回りの渦が西流部を作り出すことを示唆している。しかし, 2005年7 月および2006年8月の三重大学勢水丸による観測時には, 振り分け潮が発生していたが, 紀伊水道奥には冷水渦は存在せず, 振り分け潮の発生に対してこの渦の存在が必要条件ではないことが示される。和歌山水試の過去の海況観測資料を解析した結果では, 解析例の半数以上で, 紀伊水道奥陸棚に接する形の冷水渦と振り分け潮が同時に発生している。このことは, 紀伊水道奥の冷水渦の存在が振り分け潮が起こりやすい条件を与える可能性を示している。しかし, 振り分け潮西流部あるいは, 沖への流出部付近の水温・塩分には, 流れの場に対応するような構造がほとんど現れておらず, 振り分け潮と紀伊水道内の海況との関連については, 更に検討を重ねる必要がある。
外海を基準とした有明海のM2潮増幅率について検討を行なった。まず,M2潮増幅率は外海のM2潮振幅と負の相関関係にあり,月の昇交点運動による18.6年周期のM2潮振幅の変動と逆位相で変動していることをケンドールの順位相関係数を用いて定量的に示した。これより,諫早湾潮受け堤防の締め切りによる増幅率への影響を調べるには,外海における振幅が等しい場合を比較する必要があることが分かった。その結果,外海のM2潮振幅が大きい時は,湾口の口之津では締め切り後にM2潮増幅率が大きくなっており,湾奥の大浦では締め切り前後での変化はほとんど見られなかった。一方,外海のM2潮振幅が小さい時は,口之津では変化がほとんど無く,大浦では締め切り後に小さくなっていた。湾央の三角では大浦と口之津の中間的な性質を示した。以上より,締め切りが有明海の潮汐に与えた影響は入射する潮汐波の大きさにより変化し,空間的にも特性が異なることが明らかとなった。