著者は,海洋の中・深層循環を中心に研究を行い,深層水再現における海底境界層の役割,中・深層循環において風応力及び渦が作り出した東西流の構造,そして西岸境界流の離岸の問題などを扱ってきた。これらの一連の研究を,現象の時間スケール及び用いた海洋大循環モデルの解像度の側面から整理し,個々の研究で調べられている水塊形成,風応力,渦の影響などを概説する。
化学トレーサーを用いて,オホーツク海および北極海における海水の変質・混合過程を調べた筆者のこれまでの研究を紹介する。海水の酸素同位体比から,オホーツク海中層に海氷生成の影響を受けた水が広がっており,中層水に含まれるこの水の割合は20%であることが分かつた。CFCsの分布からは,海氷生成と潮汐混合が中層の通気に重要であることが 示された。さらに,中層水の水温・塩分には海氷生成よりも潮汐混合の影響がより大きいと見積もられた。 過去の酸素同位体比とアルカリ度のデータを用いて,北極海全域における融氷水/ブラインとその他の淡水を識別し,これらの分布を示した。さらに,北極海の中でも特に淡水が多いカナダ海盆の淡水収支を,栄養塩と酸素同位体比を用いて明らかにした。また,この際に水塊識別のトレーサーとして用いた海水中の窒素とリンの関係に着目し,北極海経由の水輸送が,海洋の窒素収支をバランスさせるための働きをしているという説を提唱した。
沿岸域での風と流れの関係を調べるため,2年間に及ぶ風と流れの連続観測を実施した。 観測海域は外洋に直接面した茨城県東海村沖である。沿岸水域特有の強い密度躍層の存在を考慮し,躍層以浅に注目した観測を行った。 風と流れの変動は1日と数日以上の周期が卓越していた。風の長周期の変動には恒常的に北風成分が布在しており,これが沿岸部に南下流を作り出す一因となっている。また,風と0.5 m深の流れの間には高い相関(2年間を通じての相関係数0.64)が得られた。 1日周期の変動は,調和解析の結果,卓越するS1分潮として現れたが,これは海陸風とそれによる吹送流であった。海陸風にはS1以外の太陽潮周期の成分も含まれており,これは対応する分潮流に吹送流成分を加える。その結果,太陽潮周期の分潮流にはあたかも潮流のように振舞う吹送洗(擬似潮流)が含まれる。
能登半島東岸に甚大な漁業被害をもたらす急潮の実態を解明するため、2003年夏季に能登半島沿岸で流速と水温の連続観測を実施した。9月の台風0314号通過後に発生した急潮の観測結果は、 能登半島沖を台風が通過後の南西風の強化時に、半島西岸に生じた強流域が半島先端を迂回後、半島東岸沿いに北から南ヘ伝播する特性を示した。南西風の卓越時に、 能登半島東岸では低温の亜表層水が湧昇し表面水温の急激な低下後に最大流速0.84 m s-1 に達する急潮が発生した。その発生後に3 m~54 m深の水温が急上昇して約24 °Cに達したことは, 少なくとも50 mの厚みを持つ暖水の侵入を意味する。観測された急潮は、 南西寄りの強風がもたらすエクマン輸送に起因し半島西岸に蓄積した表層暖水が、回転系の密度流あるいは沿岸捕捉波として能登半島先端から東岸沿いを北から南に移動したと解釈される。