本研究では夏季の日本海中層に残留している冬季混合層水を起源とし,宗谷暖流(Soya Current:SC)の沖合側底層に出現する重い水塊(密度26.75 σθ以上)を「重い宗谷暖流水(dense Soya Current Water:DSCW)」と呼ぶことを提案する。最初に,DSCWの季節的出現と他の水塊の位置関係を再確認することを目的に,網走沖の陸棚┉海盆境界域における過去の海洋観測資料を解析した。本解析では疑似の水塊を作ってしまう可能性の高い時空間平均操作を避けることに注意を払った。晩冬から春にかけての海氷期,SCは軽いSCW(Soya Current Water)よりもむしろ,重いDSCW を陸棚上へ輸送している。SCが強まる夏季,浅い陸棚上はSCWが支配的な状態へ変化し,DSCWはその沖合側底層に移行する。一方で,海盆内に出現するDSCWは,夏季の300 m以深に制限されている。そこで2019年の夏,陸棚ー海盆境界域において船舶観測を実施し,DSCWの輸送と変質過程の詳細を調べた。得られた観測データの解析から,相対的に暖かいDSCWは沖合の中冷水(Intermediate Cold Water:ICW)との間で顕著な混合を行い,変質したDSCWは海盆内の陸棚斜面上で大きく沈降していることがわかった。数値モデル実験は,夏季の日本海中層(日本海冬季混合層水)を起源としたDSCWが1 カ月以内という短期間に,オホーツク海側の深い海盆まで拡大できることを証明し,さらに,DSCWの輸送量がSC流入量の約半分にもなることを示した。以上の結果から,SC流動場の力学過程を議論する際には,DSCWの物理的寄与をより積極的に考慮すべきことが示唆される。