毒と薬の区別はない。ただ,ある生物活性物質を使った結果がうるわしい場合,私たちはそのものを薬と呼び,うるわしくない場合には毒と称するだけである。一方,私たちが恐れるものに蛇蝎(ヘビとサソリ)や毒草があるが,ヒトはこれらすら薬として生き延びているのであるから,その知恵としたたかさはたいしたものである。
我々日本人は,昔からフグに魅せられ,試行錯誤を繰り返しながら独自のフグ食文化を築いてきた。これに伴い,フグの毒テトロドトキシンに関する研究も日本を中心に進められ,大きな成果をあげてきた。本稿では,フグ毒の正体,フグ毒とそれを保有する生物との興味深い関係やフグを安全に安心して堪能するための工夫について,近年の研究成果を踏まえて簡単に紹介したい。
大量発生し,厄介者とされているクラゲを有効活用する解決策は,繰り返し話題になっているが,実情はそれほど容易な問題ではない。生物としてのクラゲの習性と,それを取り巻く社会状況は曲解され,それはメディアの取り上げ方によって拡大している。著者は新規な糖タンパク質であるクニウムチンをクラゲ体内に発見した経験をもつが,今のところその抽出が有効対策になるとは考えていない。またクラゲだけでなくムチンという化学物質については,一般人のみならず専門家の間にも誤った情報や呼称が広がっている。そこで,一般の化学教育に携わっている方に正確な情報をていねいにお伝えするため本稿を執筆することにした。
一般的には嫌われ者とされがちなカビ。実は我々の生活への貢献度が大きいことをご存じだろうか。本稿では,産業利用の観点から代表的なカビの有効活用と応用展開例について最新の研究成果を踏まえて解説する。
高等学校では,有機化合物と人間生活とのかかわりとして染料について学習する。アイの葉から得られるインジゴやベニバナの花から得られるカルタミンなどの天然染料は,「草木染め」として馴染み深い。高等学校の教科書にはアニリンブラックやアゾ染料などの合成染料が取り扱われているが,染料が繊維に染着される仕組みに関する詳細な記述はない。本稿では,高等学校での有機化合物と色に関する扱いや,著者が指導した繊維の染色にかかわる生徒研究(課題研究)について紹介する。
現在では1600万以上の種類の有機化合物が知られている。有機化合物のうち,エタノールやジエチルエーテル,酢酸などは無色透明であるが,β-カロテンやフェノールフタレインなどは色がついている。本稿では,身近な色をもつ有機化合物を紹介しながら,大学で学ぶ「光の吸収と放出」や「π共役」,「分子軌道」の考え方を説明し,なぜ有機化合物の中に色がついているものと色がついていないものがあるのか,について説明する。
骨は一見無機物の塊のように見える硬い組織であるが,骨組織の中は細胞で溢れた生き生きとした組織である。また,動物の骨は無機物が多いために,化石として生物の進化のプロセスを我々に教えてくれる貴重な遺産でもある。最初の生命は地球表面の噴火口近くで誕生し,海水中で進化し,やがて陸地へ移住するようになった。地球上で最も進化した動物は脊椎動物であるが,脊椎動物は脊椎(椎体),つまり骨組織をもつことを最大の特徴としている。骨組織を顕微鏡で見ると,外力に耐え得るように設計された見事な微細構造を保っている。本稿では,1Gの重力下で進化した脊椎動物の骨組織の微細な構造と重力センサーとしての骨の機能を紹介する。