全国の医療従事者を対象に漢方の基本知識と診断能を評価する25問の全国漢方Webテストを実施し,全受験者608人(医師/薬剤師/その他/鍼灸師/看護師/歯科医師=241/257/77/12/10/11)の成績とテスト品質を評価した。全受験者の成績(平均点±標準偏差)は67.7±16.9点で,漢方専門医の成績(83.8±8.7点)は非専門医(65.3±16.3点)より有意に高く(p<0.0001),日常診療での漢方処方数が20処方以上の医師の成績(78.4±11.5点)はそれ以外の医師より有意に高かった(p<0.0001)。問題難易度は,易/中等度/難(正答率:70%以上/40~70%/40%未満)が25問中それぞれ13/8/4問であり,13問(52%)が識別指数0.5以上の良質の問題であった。本テストは情報通信技術を活用した実用性の高い学習成果評価システムであり生涯学習での活用が期待される。
掌蹠膿疱症は自己免疫性疾患の一つであると考えられている。10年以上に渡りステロイド治療に難渋した橋本病合併および抗核抗体強陽性の重症掌蹠膿疱症が,漢方薬のみで早期に改善した症例を経験した。症例は62歳女性。喫煙歴があり,副鼻腔炎,齲歯,橋本病を合併し抗核抗体は1280倍であった。初診時には両手掌・足底に陳旧化した膿疱,鱗屑,痂皮,亀裂からの出血があり,靴下の中が落屑だらけであった。裏熱実証・血熱と判断し,黄連解毒湯合白虎加人参湯を開始4週間後から体重,血圧,γGTP,好酸球数の低下とともに皮膚症状が改善した。本症例は橋本病,掌蹠膿疱症,肝機能異常に何らかの共通の自己免疫学的機序の関与が考えられた。黄連解毒湯には免疫抑制作用・抗炎症作用・抗不安作用が,白虎加人参湯には抗アレルギー作用・清熱作用があることが報告されている。それらが多臓器に作用し各症状の改善をもたらしたと考えられた。
症例は38歳女性。X-3年より左脚全体に立てなくなる程の痛みを感じ,その後全身に強い痛みを感じるようになった。X-2年より症状の改善を求めて6件の病院を受診し,様々な治療を受けたが効果がなく,X 年4月に当院受診した。西洋医学的には線維筋痛症と診断し,煎じ薬も含めた漢方治療を開始した。漢方医学的所見は,皮膚乾燥と下肢の冷えがあり,舌候は舌質が暗紫で,苔は厚く中央が黄色であった。脈候は沈細で弱く,腹候は胸脇苦満と臍傍圧痛があった。肝気鬱滞及び血虚瘀血と診断し,血府逐瘀湯加方にて治療開始したが効果は不十分であった。最終的に肝腎不足を考慮し,独活寄生湯加減方を用いることで疼痛を中心とした症状は改善した。
線維筋痛症は,西洋薬での治療効果が不十分な症例にしばしば遭遇するが,漢方治療が有効となりうる可能性があると思われる。
起立性調節障害は,自律神経系の機能障害による下半身への血液貯留を主病態とし,其の結果,心拍出量や循環血液量の低下により起床困難,立ちくらみ,倦怠感,動悸などを生じる疾患である。その治療は水分や塩分の補充など非薬物療法と塩酸ミドドリンなどの薬物療法が知られているが,今回我々は炙甘草湯による漢方治療が有効であった2例を経験した。症例1は15歳男性で2年前から朝に倦怠感,起床困難,動悸を認め,自覚症状及び新起立試験法により起立性調節障害と診断された。炙甘草湯を処方し,2週間後に症状が軽快し登校も可能となった。症例2は14歳女性で5年前より朝の倦怠感,嘔気,ふらつき,動悸を認め,同じく自覚症状と新起立試験法により起立性調節障害と診断された。炙甘草湯を処方し4日目に症状が軽快し登校可能となった。起立性調節障害に対する炙甘草湯の有効性についての文献は無く,貴重な症例であると考えられたので報告する。
症例は30年前より肝内結石が指摘されていた。3年前,68歳時に総胆管拡張症に対して胆管空腸吻合術が施行された。術後も肝内結石を合併し,経皮経肝胆道ドレナージおよび切石術を施行されたがその後も再発を繰り返し,当院受診の前にも同様の処置が1年間で計3回行われていた。1年前より肝胆道系酵素の上昇を認めていた。当方を受診し,胸脇苦満の腹診所見を認め,茵蔯五苓散および四逆散を処方した。瞑眩反応と思われる一過性の肝酵素上昇があり,一時的に薬剤を休薬した。肝酵素上昇の安定を確認して,休薬の3か月後に処方を再開して以降は肝内結石の再発や明瞭な肝胆道系酵素の上昇なく,ほぼ10年間の安定を観察している。茵蔯五苓散には結石を抑制する効果があるとされ,また四逆散は肝障害を引き起こしやすい黄芩を含まず,胸脇苦満に対する処方目標が報告されており,両処方の併用治療が本症例の肝内結石に対して有用であったと思われた。
レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)2019年10月の調剤レセプトデータを解析し,複数の生薬,漢方製剤同士の組合せ例を抽出,その頻度を解析した。536,524件のレセプト情報のうち,生薬・漢方製剤を含むレセプトの件数は44,731件(8.3%)だった。生薬,漢方製剤を含むレセプトのうち,それらを単独で含むものは38,032件(7.1%),複数を含むレセプトは,6,699件(1.2%)だった。漢方製剤なしで生薬のみを複数含む煎剤のレセプトは,185件(全レセプト中0.034%,生薬・漢方薬を含むレセプト中0.41%)。8剤の漢方製剤を含むレセプトが1件,7剤の漢方製剤と生薬を含むレセプトが3件,5剤以上の漢方製剤を含むレセプトは,計84件であった。今回の解析では,複数の製剤が何剤,同時に処方されたかが不明な点に限界があるが,複数の漢方製剤の重複の実態を示すものと考えられる。
漢方医学においてもシミュレーション教育の導入が進んでいるが,漢方医学的体質の学習ツールは少ない。今回,中医学的な気血津液の病態(気虚,血虚,陰虚,気滞,血瘀,痰湿 / 水滞)の問診を体験的に学習するツールとして,日中テキストから関連する35項目を選び,自己診断用の体質チェックアンケート(初期案)を作成した。2017~2020年度,東北大学医学部5年生が回答し,指導医の気血津液弁証との合致精度を評価した。その後,精度改善を目的としてアンケート閾値の調整,ロジスティック回帰分析(LRA)により重要項目を抽出し予測モデルを開発した。閾値の調整により初期案と比較して感度が上昇した。LRA の結果,計20項目で初期案と同程度の精度で判断できる予測モデルが作成できた。精度の担保された簡便なアンケートを使うことで学生自らが漢方医学的体質を理,解しやすくなり,より良い卒前教育に貢献出来る可能性が示唆された。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に感染拡大した2020年,日本東洋医学会において実施された COVID-19のエビデンス構築のための学会主導研究の一環で,軽症・中等症 COVID-19患者の急性期症状への漢方薬治療効果を検討する観察研究,および臨床試験が実施された。これらの漢方薬の研究は,まだ COVID-19の全体像が不明瞭で,臨床的な知見や先行研究の論文が殆どない中で計画し開始したため,本研究にて,文献レビューにより同時期に実施された経口抗ウイルス薬の臨床試験との比較を試みた。結果,漢方薬の観察研究,および臨床試験で着目した重症化の割合や症状の緩和までの時間は,抗ウイルス薬の試験においても評価に用いられていた。また,研究結果の解釈の際は,症例数や,評価項目の特性,対象集団の特性等の影響因子を踏まえることも重要であることを論じた。