電子線トモグラフィにおける情報欠落問題の解決および投影像枚数の削減のために考案した濃度量子を用いた非線形再構成法について述べる.ディジタル画像が濃度量子化単位の3次元的配置(2次元画像平面と濃度の軸の3軸)によって生成されていることに着目し,断層像の再構成を離散化した量子単位の画像平面における最適配置問題に置き換えた.ここで,量子単位の総数は投影理論から近似的に求まるので,与えられた投影データとの誤差最小の解は一意的に決まることになる.この理論に基づき開発した演算アルゴリズムを使って,計算モデルによるシミュレーションと複合ナノ粒子による実験を行った.その結果,撮影枚数をかなり削減しても情報欠落による影響を抑えられる結果が得られた.これらの結果と具体的な演算手法について詳述する.
電子線トモグラフィーはナノメートルスケールでの高い空間分解能で物質の3次元立体構造を解析する手法として様々な研究分野で利用されている.投影像の傾斜シリーズから立体構造を再構築する演算処理方法の発展も著しく,最近では原子の3次元配列の再構築も行われるようになってきた.本稿では,金属ナノ粒子への電子線トモグラフィーの応用に焦点を絞って,まずその技術的な課題を示した上で最近の進展を紹介する.特に,試料傾斜角度範囲の制限に伴うmissing wedgeの問題に対するDART(Discrete Algebraic Reconstruction Technique)法と,原子分解能の電子線トモグラフィーの可能性を拓いたEST(Equally Sloped Tomography)法による解析例をそれぞれ紹介してそれらの有効性を述べる.
ソフトマテリアルの延伸下での3次元形態観察を可能とする電子顕微鏡用の延伸トモグラフィホルダーを開発した.この試料ホルダーの特徴は,ミクロトーム等で薄片化したソフトマテリアルを両側から均等に延伸する方式であり,延伸時の視野ズレを最小限に抑え,延伸状態で常に同じ視野を観察できることである.また,ホルダーの厚みを可能な限り薄くし,試料を延伸した状態で最大75度程度の傾斜角を可能としており,延伸状態での3次元構造解析が可能である.さらに,ソフトマテリアルの延伸実験に必要な大きな歪みを達成するため,ホルダーの(延伸の)作動距離を大きく取り,理論上,最大25程度の歪みを与えることができる.本稿では,シリカナノ粒子を含むイソプレンゴムを例に取り,その延伸下での構造変化について実空間観察した結果について報告する.
クライオ電子顕微鏡法は,生理的条件に近い状態で分子構造を明らかにできる強力な手法の1つである.電子線トモグラフィー法と組み合わせることで,細胞や組織内での分子動態をナノレベルの分解能で明らかにすることができる.我々は,細胞運動や細胞センシングにとって重要な構造である糸状仮足のアーキテクチャを明らかにしてきた.力学的バランスから推定される本数のアクチン繊維束のセットが観測され,架橋構造とX線結晶解析法による原子モデルと統合し,束化因子ファシンのアクチンへの結合様式を示した.また,アクチン束周辺のファシンの協働的結合や短いアクチン等のブラウジングの結果として,アクチン細胞骨格の束化メカニズムを提唱した.さらに,糸状仮足先端でのアクチン繊維の振る舞いも明らかにしている.今後,クライオ電子線トモグラフィー法は,生物試料のみならず,燃料電池を始めとする水系の材料分野でも有効であろう.
骨組織にはマイクロサイズの細胞群やナノサイズのコラーゲン細線維といった様々な微細な構造物が存在しており,こうした構造物が相互作用することで骨組織が維持され,骨代謝が調節されている.骨組織の維持や骨代謝の調節が正常に行われないと様々な疾患を引き起こすことから,骨組織内部の微細構造物を3次元解析することは非常に重要である.また,3次元解析後,3次元形態計測を行うことで,その構造物がもつ生物学的な意義をさらに深く検討することができる.本稿では当研究室で行なわれている,共焦点レーザー顕微鏡を用いた骨細胞ネットワークの3次元解析,直交配置型FIB-SEMを用いた骨組織やコラーゲン細線維の3次元解析について述べる.
走査透過電子顕微鏡(STEM)において,1982年にCreweとSalzmanが示したSTEMの分解能と最適ビーム開き角の式が知られている.このビーム開き角は,光学像の統計的平均情報量が最大となる光学条件から導かれる.本稿では,Shannonの情報理論から光学像の統計的平均情報量が導かれる過程,および球面収差を伴う光学系の最適ビーム開き角が導かれる過程を示す.また,光学像(SEM像,STEM像)の情報量から分解能を定義し,球面収差,色収差,電子源輝度を考慮した電子光学系(SEM,STEM)の分解能計算法を説明する.
透過電子顕微鏡に備わるEDS検出器での極微量元素の検出限界についてAsをドープしたSiウエハの結果をもとに検討した.EDSでのAsの検出限界は,As-Kの場合で30 ppm(1.5 × 1018 atoms/cc),As-Lで70 ppm(3.5 × 1018 atoms/cc)であり,実用的な半導体素子に求められるドーパント濃度のレンジに到達している.スペクトルにK線とL線のように複数のピークが現れる場合,バックグラウンドの小さい特性X線を用いた方が検出限界は小さくなる.検出限界は,計測時間や照射電流量を多くすること,または低い加速電圧でスペクトルを収集することで下げることができる.TEMに挿入する前に試料をプラズマクリーナーやイオンクリーナーで処理することは,コンタミネーションによるバックグラウンド増加を抑制できるため有効である.
原子間力顕微鏡(AFM)は,固液界面の表面構造を原子スケールで直接観察できる特徴を持つ顕微鏡技術である.しかし,従来の原子スケールAFM観察の速度は1分/フレーム程度が限界であり,動的現象を捉えることは多くの場合極めて困難であった.近年,我々は原子分解能を維持したままAFMの動作速度を1秒/フレーム程度まで向上させることに成功した.本稿では,この高速原子分解能観察を可能とした要素技術と応用事例を紹介する.
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