近年我々が開発した,AIを搭載した走査プローブ顕微鏡(AI-SPM)について解説する.高い精度で単原子の位置を認識し,分光測定や原子操作といったタスクを自律的に実行することができる.単原子を認識するだけでなく,表面欠陥を検出し,必要に応じてそれらを回避しながら,ターゲットとする原子上で測定を行うことが可能である.また,SPM実験における典型的な課題である熱ドリフト補正や探針先端の修復を自律的に行う.室温で動作する走査型トンネル顕微鏡(STM)を用い,Si(111)-(7 × 7)表面で本システムの有効性を実証した.4つの異なるSi adatomサイトで多数のI-V測定を行い,電子状態密度の違いを明らかにした.信頼性の高い材料特性評価に不可欠な大規模なデータセットが生成され,AI-SPMがデータ取得の質を大幅に改善できることを示した.この成果は,効果的で精密かつ信頼性の高い原子レベルの表面分析に向けた一歩であり,材料特性評価手法に大きな進歩をもたらす可能性がある.
透過電子顕微鏡を用いて試料を観察するためには,高エネルギーの電子線照射をしなければならず,特に有機系の材料にとっては照射ダメージが大きな問題となる.これを抑制するためには,できるだけ少ない電子線照射量(低ドーズ)で観察する必要があるが,極限的な低ドーズ観察では電子の量が足りず,画像として認識することが困難となる.最近,機械学習を用いて,ノイズの多い画像から情報を得る高度画像解析技術が注目されてきた.本稿では,3Dテンソル分解法と呼ばれる機械学習を用いて,低ドーズで撮影された電子波干渉パターン(ホログラム)からノイズを効率的に除去し,従来より1/60の電子線照射量でも,有機EL(Electroluminescence)内部の電位分布をクリアに観察できる技術とその観察結果について述べる.
本稿では,自然科学の研究活動における基本要素である「計測」へのインフォマティクス技術応用における問題点を検討した.特に,走査透過電子顕微鏡(STEM)と電子エネルギー損失分光(EELS)及びエネルギー分散X線分析(EDS)を組み合わせたスペクトラムイメージ(SI)データの解析に焦点を当て,非負値行列分解法(NMF)を用いた化学イメージングの信頼性と限界について議論する.STEM-EELS-SI法によるポリマーブレンドの無染色化学イメージングを例に挙げ,実験データに内在する情報をスパースな形で表現する多次元記述子空間を探索することで,NMFに内在する問題を回避し,かつ物理的に容易に解釈可能な化学イメージング法によってNMFの有効性を検証する.最後に計測へのインフォマティクス技術応用への提言を行う.
近年,計測・分析技術の進化や計算機能力の飛躍的な向上により,大量かつ複雑なデータが得られるになり,それらから新しい意味や知識を引き出すために情報学(Informatics)の手法を駆使した解析が盛んにおこなわれている.当研究グループではこうした計測学(Metrology)と情報学の融合分野を計測インフォマティクス(Metrology Informatics)として研究の中心に据え,主に半導体材料・デバイスの解析に応用している.本稿では走査電子顕微鏡-カソードルミネッセンス(SEM-CL)の三次元スペクトルイメージに片側直交性非負値行列因子分解を適用し,統計学的知見に基づいて発光モードの解析を行った例と,3次元アトムプローブ(3DAP)と電子線トモグラフィー(ET)の異なるデータ構造を持つ3次元顕微データを対象とした,非剛体レジストレーション手法を用いたマルチモーダル解析のアプローチを紹介する.
物質の量子性に基づく革新的なデバイス開発や生体・医工学の分野において利用が期待されるナノマテリアルの研究が進展する中,ナノスケールで試料を直接観察・分析できる顕微分光技術の需要が一層高まっている.ナノ分光イメージングは,ナノマテリアルの新奇な物性・機能の発見とメカニズム解明に欠かせない実験手法であり,物質の構造,化学分析,電気的・光学的特性の精密な評価をナノスケールの空間分解能で行う.本稿では,そのようなナノ分光イメージング技術の一つである赤外近接場光学顕微鏡(IR-SNOM)の最新技術と,その応用について筆者のグループで行われた最近の研究を紹介する.IR-SNOMは,化学分析や物性評価に優れた手法である赤外分光を,回折限界を超えた空間分解能で行うことができる.具体的な応用例として,IR-SNOMの高感度化による単一タンパク質の振動分光,二酸化バナジウムナノ粒子の絶縁体-金属相転移の直接観測について解説する.
デジタルバイオ分析法は,標的分子を1分子単位で定量する分析手法であり,高い検出感度と定量性から,次世代のバイオ分析法として注目されている.現在,本手法の普及・実用化において,分析装置の小型化および低コスト化が課題となっている.本稿では,著者らが最近開発した,デジタルバイオ分析法のための広視野蛍光イメージング装置(COWFISH)を紹介するとともに,それらが切り拓く未来像について提示したい.
走査電子顕微鏡(SEM)の歴史を振り返り,今日普及してきた複数の検出器を搭載した極低加速電圧SEMの位置づけとその活用法について述べた.二次電子像,反射電子像共に装置の信号アクセプタンスを理解し“sweet spot”を見つければ,SEMならではの豊かな像を観察できる.短い作動距離での測定を可能にする配置でウィンドウレス型X線分光装置を活用することで,像観察のsweet spotと同じ実験条件でX線微小部分析も実現した.
蛍光顕微鏡で広く用いられている蛍光物質は固有の励起および蛍光スペクトルを持っている.蛍光寿命はこれらと同様に蛍光物質固有の値である.この蛍光寿命を利用することで分子間結合や温度,イオン濃度などの微小環境を測定できるバイオセンサー,蛍光の分離による多色イメージングなどが可能となる.近年では,超解像顕微鏡での蛍光の分離,そして分解能の向上にも用いられている.本稿では蛍光寿命の有用性について紹介する.
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