当科を受診した口腔粘膜に病変の限局した扁平苔癬59例について臨床的ならびに病理組織学的観察を行い, 次の成績を得た.
1) 男性16例, 女性43例で, 50歳台の女性に好発した.
2) 自覚症状を覚えてより6カ月以内に, 疹痛を主訴として来院する者が多かった.
3) 病巣は両側性に頬粘膜に生ずる例が手最も多く, 次いで舌, 歯肉頬移行部の順であった.頬粘膜では網状型が多発し, 網状型以外の型の頻度は少なく, 部位による病型の差も少なかった.これらの病型の上にびらんを伴う症例は35例であった.びらんの有無は病変の軽重, 二次的病変の存在を示す上で重要な指標になると思われ, 今回の報告では症例を本来の病型とは別にびらん型, 非びらん型に大別した.
4) 既往歴, 生活歴の調査で, 薬疹と思われる口腔扁平苔癬を2例経験した.また, 頬粘膜に生じた例は扁平上皮癌に進展した。これらの症例はいずれもびらん型であった.
5) 金属補綴物との関係を貼布試験を参考にして調べ, 従来の報告例に比較して陽性率はかなり低かった.4例において金属補綴物を除去し経過を観察したところ, びらん型の1例のみに症状は改善され, 金属補綴物の影響は比較的少ないと考えられる.
6) ブドウ糖負荷試験成績において, 糖尿病型ないし境界型の症例の頻度は高く (93%), とくにびらん型では糖尿病型が多かった.糖尿病の初期症状である可能性が高い.
7) 血清免疫グロブリン量IgG, IgA, IgMは正常値の範囲内にあった.
8) 組織学的には数例に粘膜上皮の顆粒細胞層の出現と角化充進が見られた.棘細胞層は肥厚し, 釘脚の延長と尖鋭化, 細胞間隙の開大を示し, また基底細胞には, 細胞の変性壊死像, 水泡変性, hyalinebodyの出現が認められた.上皮下組織には帯状の炎症性細胞浸潤があり, 浸潤細胞は主にリンパ球であった。
電顕所見では上皮層の細胞間隙が開大し, しばしば無定形累状物質の浸入が見られ, finger-likeprocessやdesmosomeの数が減少していた.基底膜は厚さや走行が不均一で重複化, 蛇行, 断裂などが認められた.上皮下組織に浸潤する細胞はリンパ球と考えられたが, 細胞小器官は乏しく, 集合性デンスボディーは認められなかった.
9) 螢光抗体直接法では, 皮膚扁平苔癬に比較して免疫グロブリン, 補体の沈着例は少なかったが, 基底膜を中心にfibrinogenの沈着が高率に認められ, とくにびらん型ではその傾向は強かった.間接法では血中抗体は陰性であった.
10) 病因については結論し得ないが, 形態学的に粘膜上皮基底細胞の変性と上皮下組織のりンパ球浸潤が病変の基本であり, 上皮固有層境界部における細胞性免疫機構の関与が本疾患の病的過程に重要な役割を演じていると推測された.それとともに, 本症で高率に糖尿病型ブドウ糖負荷成績を示したことから, 糖尿病が本症の発生に関与している可能性が考えられた.
抄録全体を表示