イチョウウキゴケは世界に広く分布する苔類である.主に無性的に増えて,胞子体の形成は稀であると思われている.新潟地域の調査によると,県内でも広く分布するが,水深の深い潟,農業用の貯水池や比較的高海抜の池には生育せず,ほとんどは水田または休耕田に生育し,しばしば胞子体の形成個体が発見される.本種は県内では普通種だが,多雪地域における分布や生態については知られていない.本研究は,新潟県とその周辺における生態を解明し,生活史や気候要因と分布の関連性を明らかにした。本種は多雪地域の水田では積雪下で越冬し,融雪時には水没していることもあるが,排水された後は,粘土上で春の耕作期まで生育する.5月初旬の耕作で破砕されて見えなくなるが,田植え後6月には水田に浮遊する配偶体が観察され,7月上旬に胞子体が形成される.9月の稲刈り後,若い配偶体が粘土上に見られる.これらは,成熟した配偶体とともに積雪期まで粘土上に生育する.本種は積雪量が3m以下の多雪地域で生育する.暖かさの指数が80以上の比較的温暖な地域にほぼ限られる.本種の生育は,積雪による強い寒冷と乾燥からの保護が,本種の分布に密接に関連していると考えられる.
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