1) 家蚕のV令期に吐糸口閉鎖実験及び胸部結紮実験を行つて, 絹糸腺が退行する機構をしらべた。
2) 絹糸腺の退行現象としては, 細くなつて重量が軽減すること, 即ちその内容の絹質物の消失と, 腺細胞の崩解 (組織解離) とがみられた。後部糸腺は内容物を中部糸腺へ送つてまず細くなり, やがて前部糸腺と共に腺細胞が崩解する。中部糸腺は初めのうちは著しく肥大するが, 間もなく絹質物を自己融解して消失し, 最も遅れて腺細胞の崩解をおこす。
3) 吐糸口を閉鎖したものも, 吐糸口は閉鎖せずそのまま絶食させた対照区も, 共に4日令から絹糸腺が退行を起した個体があらわれて, 吐糸阻害が絹糸腺の退行に及ぼす影響はみられなかつた。但し閉鎖区においては, 7~8日令で処理したものは全個体に退行が起つたが, 9~10日令になると却つてその数が減少した。それは吐糸が妨げられたため, 生成された絹質物が多量に蓄積され, その膨圧で絹糸腺が破裂して死亡する蚕児ができたからである。
4) 胸部結紮区では, いずれの時期に処理したものにも絹糸腺の退行が起らなかつた。胸部結紮と同時期に吐糸口を閉鎖して絶食せしめた対照区では, 4日令以後のものに退行するものが現われた。退行するものは幼虫が前踊や踊になつたものに限られ, 幼虫型のものにはみられない。また絹糸腺の破裂で死亡したものにもみられなかつた。
5) 絹糸腺に退行が起るためには, 反応系に立つ絹糸腺があらかじめ吐糸を済ませていることが必要であるかどうかを考察したところ, 吐糸口を閉鎖したものでも退行が起つたので原則的にはその必要がないと考えられた。但し, 家蚕は多糸量繭を得るために改良された特殊なもので十分成長した絹糸腺の吐糸を妨げると, 破裂して死ぬので, これをまぬがれるためには若干の吐糸が必要になる。それで吐糸は絹糸腺退行要因としては第二義的のものであると考えられる。
6) 胸部を結紮したものでは絹糸腺は退行しないが, 吐糸口を閉鎖したものでは絹糸腺が退行するものが多い。そして退行するものは, 幼虫の体が踊化に向つているものに限られている。それで, 絹糸腺が退行を起す作用系としては, アラタ体ホルモンの作用が全くなくなり, 踊化に導き得る量に達した前胸腺ホルモンであると考えられた。
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