1) 脱繭不能の状態には種々あるが其最も普通の例は、繭の外形上何の變化も認められないもので即ち吐出液を浸潤させた破風部繭層に頭部を僅かに押し込んだ儘留り唯繭層内面に小凹所を穿つたに過ぎないものである。
脱繭不能の蛾は殆んど全部、翅が伸張せす又鱗毛が著しく剥脱してゐる。
2) 脱繭不能は概して雌蛾に多く起り雄蛾に少ない。
3) 一群の繭をa (繭の長さと幅との比即ち繭長/繭幅) の値に依つて階級に分ち、階級別に脱繭不能蛾の出現数を調査した結果は、aの値小、即ち球形なるに從つて雌雄何れに於ても歩合を増加する。即ち脱繭不能と繭形との間たは密接な關係が認められる。
4) 人工的に縦作繭と横作繭とを作らしめ、各、に就て繭内に於ける蛹の方向轉換を行ひ、脱繭不能蛾の出現数を調査すると共に破風部繭層の厚さを測定した。其の結果は一般に脱繭不能蛾の出現の多少は破風部繭層の厚薄に比例することを知つた。
5) 同一品種の一群の繭より選出せる球形繭 (a=1.21-1.36) と長形繭 (a=1.48-1.64) のとの間に蛹の交換を行ひ其の脱繭不能蛾の出現数を調査した。それによると、多少の例外はあるが球形繭の蛹は長形繭の蛹よりも脱出不能蛾を多出する傾向がある。しかるに何れの蛹を用ひた場合にも球形の繭は長形の繭に比し例外なく脱繭不能蛾の出現が多い。此の結果より脱繭不能が蛹よりも繭に依つて、より多く支配されることを知つた。
6) 脱繭不能は蠶見の飼料並に羽化當時に於ける光と密接な關係がある。即ち5齢期の軟葉給與は硬葉給與より脱繭不能蛾の出現数を増加し、羽化當時に於ける光の遮断も亦其の出現数を増加せしめる。
7) 一群の繭から球形繭と長形繭とを選出し、それから出發して其の各、に就て脱繭不能蛾を多出する系統と然らざる系統との淘汰を試みた。其の結果は第1代目に於て既に著しい效果を示し、其の後淘汰8代目に至る迄脱繭不能蛾の多い系統は毎代多く、少ない系統は毎代少ない。それ故少なくとも其の出現の多少は遺傅性に基くものと認められる。
7) 脱繭不能蛾は脱繭に關與する繭の諸性質と蛾の脱繭能力との不均衡に基づいて生すると言へる。近來の蠶品種中特に多絲量の鮎に於て優良と認められるものに脱繭不能蛾の多出するのは、淘汰の結果其の繭層量の増加を來し、ために蛾の有する脱繭能力との間に不均衡を齎らした結果と考へられる。又淘汰過程中に於て蛹を繭から取出して採種することも、脱繭不能増加の一原因となるものと思はれる。
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