本稿では明治〜大正初期までに書かれた小説5作品に見られる女性登場人物の会話から、〈女ことば〉の成立・定着の状況と、あわせて江戸語・関東語的な要素を受け継ぐ非〈女ことば〉が、どのような話者・状況で使われ続けるのかということを観察し記述した。最初は話者も限られ不安定だった〈女ことば〉が女性の話しことばとして定着していく一方で、特に家庭内の目下に対するような場合には非〈女ことば〉も使われ続けていたことがわかった。
フェミニズムをめぐる環境は、第一波フェミニズムの時代から今日にいたるまで、さまざまな変容を見せている。欧米でも日本でも、フェミニズムはポジティブに受け止められる一方で、「バックラッシュ」が起こって反フェミニズムの機運が高まったり、社会で分断を生んだりもしてきた。これは社会経済や風潮の変化に伴い、フェミニズムの目標や課題も多様化していることの顕われである。特に近年の日本では、草の根保守の運動が盛んになり、そこに参加する女性も増えている。草の根保守の活動に向かう女性は、反フェミニズムになりがちであるが、その内実をつきつめると、草の根保守の女性たちの活動をフェミニズムに読み替える可能性も出てくる。今回は、保守主義の本来の意味と変遷を考え、草の根保守の女性団体についての研究から、草の根保守運動とフェミニズムとの接点を探る。
本稿では、フィクション作品においてワタシを常用する男性の言葉づかいを観察し、その言葉づかいと結びつく人物像を分析した。少年マンガと現代小説を取り上げ、ワタシを常用する男性の言葉づかいを分析したところ、スタイル、音変化、ぞんざいな語彙の使用に特徴が見られた。そして、その言葉づかいは《力を持つ人物》と結びつくと分析した。同様の言葉づかいはオレを常用する男性にも見られるため、オレを常用する男性の言葉づかいもまた《力を持つ人物》と結びつくとした。ただし、男性のワタシは配慮を必要とする場合に使用されることから《力を持つ人物》の中でも《教養のある権力者》であり、オレはその語自体が《男》と結びつくことから《力を持つ人物》の中でも《男らしい力を持つ人物》であると考えた。以上を踏まえ、男性のワタシ常用は、男らしい力ではなく教養がもたらす力と結びつく点で、オレとは異なる人物像と結びつくと結論づけた。
本研究は、マンガを対象に役割語を抽出し、人物像の属性および役割語の要素の観点から、日常会話で使用される役割語の使用実態を明らかにすることを目的とした。分析の結果、属性に関しては「性差」に関する表現が最も多く、次いで「地域」「品位」「年齢・世代」に関する表現が多く見られた。役割語の要素に関しては、役割語が主に「終助詞」「人称代名詞」「訛り」「助動詞」の4つの要素に集中していることが明らかとなった。頻度および汎用性の高い役割語は、「性差」の下位分類である「男性」に集中し、とりわけ「終助詞」に多く見られた。さらに、1つの表現が複数の属性を兼ね備える場合や、文脈・使用状況によって異なる属性が付与される場合も少なくない。そのため、学習者が独学によってこれらの用法を的確に習得することは困難であり、教室における明示的な指導の必要性が示唆される。
寿岳章子の研究テーマのひとつにオノマトペがあり、1950年代には積極的にオノマトペの論考を発表していた。その中ではオノマトペの表現効果、表現者、オノマトペの変化などについて論じている。一方で同時代に書かれた寿岳の日記には多彩なオノマトペが使われている。この日記のオノマトペ使用の実際を調査した結果、論文ではオノマトペには新擬声語が生まれやすい、本来の用法とずれた用法に創意が見られるなどの指摘があるが、実際の日記の中にそうした実例が見られるなど、いくつかの点で、論文中で示された寿岳のオノマトペ観が反映されていることが明らかになった。本稿は紙幅の都合上(上)(下)に分けるが、(上)では、寿岳の論文からみる寿岳のオノマトペ観を整理し、「寿岳日記」の前半と後半のオノマトペ使用を他の作家の作品と比較しながら論じる。
本研究は、日本語の終助詞「かな」に着目し、配慮表現の観点からその使用実態を分析したものである。『BTSJ1000人日本語自然会話コーパス』の71会話(約26時間)を対象に分析した結果、「かな」の用法は大きく<疑問表明>と<断定回避>に分類でき、それぞれの具体的な表現内容として【自分自身への問いかけ】【相手への問いかけ】【不同意の態度】、【考えや印象】【不確かな記憶】【意向】が確認された。その中で<断定回避>が全体の約7割を占め、発話を和らげ、意見相違の回避や自己のフェイス維持に寄与していることが明らかになった。また、相手への質問に見られた<疑問表明>の用法も、相手への負担を軽減し、関係を調整する機能を持つ。これらの結果から、「かな」は単なる独話的な自問表現にとどまらず、聞き手との良好な関係を築くための配慮表現として重要な役割を担っているといえる。
本稿では、『日本語日常会話コーパス』の2者雑談会話を用い、談話標識「いや」「いえ」「いいえ」の出現位置と機能の対応関係を分析した。その結果、出現位置に関しては、「いや」「いえ」「いいえ」のいずれもターン頭での使用が最多であった。「いや」はターン内での使用が2番目に多かったのに対し、「いえ」「いいえ」は単独産出が2番目に多かった。また、「いや」にはターン末での使用もわずかに観察された。出現位置と機能の対応関係に関しては、「いや」は、ターン頭とターン内で談話展開管理、ターン末と単独産出で感情表示に用いられる傾向が見られた。一方、「いえ」「いいえ」は、ターン頭と単独産出で命題への否定表示に用いられる傾向が見られた。このように、「いや」はターンのあらゆる位置に現れ、それぞれ多様な機能を果たしているのに対し、「いえ」「いいえ」はターン頭と単独産出に限り使用されており、その機能も比較的限定的であった。
本研究は、日本語教育における書く指導の基礎研究として、英語を母語とする日本語学習者(ENS)44名と日本語母語話者(JNS)48名のエッセイを比較し、文末のモダリティ表現の特徴を明らかにすることを目的とする。データは『多言語母語の日本語学習者横断コーパス』(I-JAS)に収録された同一課題のエッセイである。分析の結果、ENSのモダリティ使用には、習熟度による違いの傾向がみられた。例えば、習熟度が低い段階では言語産出能力が限定的なため、ENSは「思う」「なければならない」等を多用した。しかし習熟度の上昇に伴い、「だろう」「のではないか」等の使用が増えJNSに近づく傾向がみられた。ただし、表現の多様性や談話展開の柔軟性には依然として差が残る。以上から、習熟度に応じた指導支援の必要性が示唆される。
本研究は、日本語母語場面と接触場面における同じ学部所属の大学生の初対面交流会話を対象に、日本語母語話者と日本語学習者の調整行動の実態を明らかにすることを目的とする。分析の結果、母語場面では、互いに心的距離を縮めるため、両参加者とも共通点を見つけながら会話を進行し、共通性の高い話題を選択していた。また、あいづちや反応で相手の発話に理解や興味、共感を示しながら、積極的に会話に参加していた。一方、接触場面では、母語話者が学習者に対し、質問で会話を促したり、やさしい表現を使用したりするなどの言語ホストとしての調整行動をしており、参加調整ストラテジーに分類した結果、全4類のストラテジーが全資料で確認され、全体で19種が確認できた。さらに、言語ゲストである学習者も意識的に短文や簡単な表現を用いるなどの調整行動をして談話管理をしていたことが観察された。
本稿は中国人日本語学習者を対象に、とりたて助詞に後接する格助詞の過剰使用と不使用という誤用について考察した。その結果、不使用が過剰使用を大幅に上回り、誤用はとりたて助詞「など」「だけ」「まで」と格助詞「が」「を」「で」「に」との組み合わせに集中することが明らかになった。誤用割合は学習歴が長くなるに伴い単純に減少するわけではなく、学習歴2年から4年にかけて増加し、複雑化する傾向が認められた。誤用の原因は、学習歴1~2年では基礎的文法理解の不足、それ以降は複雑な規則の習得不足や教科書における共起関係の説明不十分に起因すると考えられる。教育現場において、とりたて助詞と格助詞の共起関係についての体系的説明の充実、習得段階に応じた指導が求められる。具体的には、初期では基本用法の定着を、中期では複雑な文脈での使用を促し、後期は誤用の定着を防ぎ正確な運用を徹底する、という段階的なアプローチを提案する。
本研究は、日本語学習者と日本語母語話者の責任意識と自他動詞の使用の関係性における相違点・類似点を明らかにすることを目的とする。調査協力者は、中国人上級日本語学習者30名と日本語母語話者15名である。これらの調査協力者に対して2回の質問紙調査を行い、原因事象・結果事象の説明における責任意識の判断と自他動詞の選択の関係について調べた。その結果、日本語学習者と日本語母語話者の責任意識に差は見られなかったが、責任意識と自他動詞の選択の関係性に異なる傾向があった。具体的に見た結果、原因事象において、日本語母語話者の自動詞の選択率は責任の軽減理由に影響されるが、日本語学習者の自他動詞の選択は責任の軽減理由に影響されにくい可能性がある。一方で、結果事象において、日本語学習者は、責任意識に関わらず、日本語母語話者に比べて、母語の干渉で他動詞の選択率が比較的高い傾向が見られた。
本研究は、話題導入発話の類型の観点から、日本語と中国語の会話における「話題開始表現」の使用実態を分析し、両言語の談話展開の特徴を明らかにすることを目的とする。話題開始表現を田中(2018)の分類枠を用いて分析した結果、多様な表現で談話展開を示唆する傾向は日中間に共通して見られたものの、次のような差異が認められた。(1)「要求系」の話題導入では、中国語母語話者(以下、CN)は推論の「那(じゃ)」を多用し、日本語母語話者(以下、JN)は気づきの「え」を多用していた。(2)「報告系」の話題導入では、JNは語りを進める態度を示す「なんか」を多用し、CNは「但是(でも)」など前後の談話の論理関係を示す表現を多く使用していた。(3)「要求系」「報告系」どちらの談話導入でも、JNは「あの」など話し手の心的操作を表出する表現をCNより高い頻度で用いていた。これらの表現は談話展開のあり方に差異をもたらしており、その差異は、CNが話題間の論理関係を明示して会話を前に進めることを重視する一方、JNが話題導入と展開の予告を通じて協調的な会話の維持を図る傾向にあることを示している。
本稿では、初対面会話における中国人日本語学習者(CJL)と日本語母語話者(JNS)のフィラーについて、言語形式と機能の観点から分析した。その結果、(1)言語形式については、CJLは「あの(ー)」、「えっと・えーと」、「まあ」を有意に多く使い、JNSは「なんか」や「その」、「で」を有意に多く使っていることがわかった。(2)機能については、CJLが「言葉探し」を多用するのに対し、JNSは、会話を円滑に進め、断定を避けつつ対人関係を良好に保つ機能である「発話継続表明」、「情報の曖昧化」、「話題の切り出し」、「共通理解」を多用する特徴が見られた。(3)フィラーの機能ごとの言語形式の使用傾向については、「言葉探し」では、CJLは「あの(ー)」を特に多用し、同一発話内での重複使用も観察された。また、「話題の切り出し」では、CJLは「あの(ー)」に偏って依存する傾向が見られたのに対し、JNSは複数の言語形式を使い分けていた。
グローバル化に伴い、異文化間コミュニケーション能力の向上は必須であり、そのためにはことばの背景にある文化的価値観の理解が重要である。しかし海外の大学の日本語教育の現場では、時間的制約から価値観を扱う機会が限られ、学習者が授業を通してどのように日本語の背景にある価値観を理解しているかは明らかではない。そこで本研究では、在米日本語上級学習者14名を対象に初級教科書の会話に内在する①気配り・配慮、②遠慮・謙虚・わきまえの理解と解釈を調査した。その結果、調査対象者の留学経験の有無による差は見られず、価値観の解釈には個人差が認められた。つまり、学習者は経験よりも個々の価値観や文化的背景に基づいて日本文化全体を理解している可能性が高い。この点を踏まえ、海外の日本語教育の現場では、日本の伝統的な考え方を理解するだけでなく、文化的価値観を多角的に捉える視点を育成することが重要であると考えられる。
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