歯の欠損によって頭蓋骨のどの部位にどのような形態変化が起こるかを, 発育期, 成熟期の各個体について観察し, その経時的推移, 性差を検討した。実験動物として雑種犬を使用し, 同一個体の右側を実験側として上顎臼歯を抜去し, 左側をその対照とした。実験結果を評価するために, 定められた計測点間の直線距離を左右両側について測定し, 左右の対称度を求め, 歯の欠損のない個体の対称度と比較した。計測資料は歯の欠損していない対照群に属する20匹, 発育期群に属する28匹, 成熟期群に属する40匹のイヌから得られた乾燥骨標本である。発育期群は実験期間6カ月, 12カ月の2群に, 成熟期群は実験期間3カ月, 6カ月, 12カ月, 24カ月の4群にわかれ, それぞれ10匹ずつで構成されている。また性差を検討するために各群はオス, メス5匹ずつの同数からなっている。計測は40の項目について行なった。このうち6項目は脳頭蓋に関するもので, 顔面頭蓋に関する残り34項目のうち, 15項目は上顎臼歯部歯槽突起の高さ, 下顎臼歯部歯と歯槽突起の高さに関する計測項目である。実験結果の大要は次のようなものであった。
発育期の動物では脳頭蓋を含む顔面頭蓋領域に比較的顕著な形態変化を認めた。とくに側頭骨関節窩, 頬骨突起, 関節頭, 筋突起に著明な変化がみられ, 顔面頭蓋各部に劣成長が認められた。乳歯, 永久歯を早期に失った上顎臼歯欠損部歯槽突起は著しい発育不全を示した。また, 対合歯を早期に失った下顎臼歯は挺出し, 歯槽突起もこれに随伴して高さを増した。性差については, 顔面頭蓋領域に起こる形態変化に差がみられ, メスが広範囲に影響を受ける傾向をみせた。次に, 成熟期の動物では脳頭蓋, 顔面頭蓋領域には歯の欠損による影響はほとんど認められなかった。欠損部歯槽突起は抜歯後3カ月まで急激に減少し, 6カ月まで持続する傾向をみせた。6カ月以降は大きな変化は認められなかった。対合歯を失った下顎臼歯部では, 小臼歯は6カ月, 大臼歯は12カ月までに挺出し, 以後はその状態が保たれる傾向にあった。歯の挺出に伴ない, 歯槽突起もその高さを増すが, 対合歯欠損後24カ月を経過すると廃用萎縮により逆に減少する傾向をみせた。
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