矯正臨床において, 下顎骨の成長抑制を期待して用いるchin capによってもたらされる下顎頭の反応変化を理解するために, 従来, 実験的には主に組織学的方法による定性的研究が成されている。しかし, 外力に対する下顎頭の軟骨組織の増殖活性や動態を定量的に把握した研究例はない。そこで,
3H-thymidineによるオートラジオグラフィーを適用して, まず, 生後4週の幼若ラットの下顎頭における軟骨細胞の成長発育の様相を把握し, 一方, 矯正用elastic threadを用いて下顎頭に外力を与え, 軟骨組織の動態がどのように変化するか定量的に把握することを目的として本実験を行った。その結果, 外力を与えない幼若ラットでは:
1.下顎頭後方部における軟骨芽細胞の総数, 分裂細胞数および標識指数1時間値は, 前方部・中央部におけるそれらよりも高い値を示した。これは生後4週のラット下顎頭における後方部の軟骨芽細胞が, 他の部よりも旺盛な増殖活性を営んでいることを示す。
2.軟骨芽細胞が分裂してから軟骨細胞となり, ついで骨髄腔に達するまでの時間, すなわちその寿命 (life span) は4~5日であった。この値は従来報告されたものよりやや小さい。
3.Transitional zoneにおいては,
3H-thymidine投与後1時間ですでに標識細胞が見られ, 分裂細胞もわずかながら認められることから, この層はまだ増殖能力をもち, 軟骨細胞の1ife spanにおける成熟期にいたるまでの過渡的性格をもつ層であると考えられ, Enlowらのいうinterstitial growthに関与している層と思われる。
4.Articular zoneの細胞は, その層内において新生される細胞とその下層のembryonic zoneから移動してくる細胞とからなる。
外力を与えた幼若ラットでは:
5.外力を与えてから8時間後
3H-thymidineを注射し, 下顎頭における軟骨芽細胞の増殖活性と動態を観察したところ, 5日目に中央部と後方部に次のような変化を認めた。
6.中央部では, embryonic zoneに含まれる軟骨芽細胞数・標識指数に変動はなかったが, 銀粒子数および標識細胞数は少なくなっていた。これらの事実より, この部では軟骨芽細胞の流出量が多かったと考えられる。
7.後方部では, 軟骨芽細胞数および標識細胞数は著明に増加し, 標識指数・分裂細胞数も増大する傾向を示した。この場合embryonic zoneに含まれる銀粒子数の減少の度合は小さかった。
これは軟骨芽細胞の流出速度が遅いことおよびその増殖活性が高まったことのために細胞総数が増加したものと推察される。
8.第1日目に外力を与え, 5日後断頭1時間前に
3H-thymidineを注射した群の後方部においては, embryonic zoneに含まれる軟骨芽細胞数, 分裂細胞数, 標識細胞数および銀粒子数のすべてが増加していた。この事実は, 外的刺激が軟骨芽細胞の増殖能力を高めるという充分な裏づけとなる。
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