顎口腔系の歯列やその周囲組織と顎関節にみられる機械受容器は, 咀嚼筋の固有受容器とともに, 顎運動の神経筋機構において重要な役割を演じている。それにもかかわらず, 顎口腔系全体として, その知覚受容器の分布を概観し, 研究した解剖学的論文は, ほとんどみあたらない。そこで, 顎口腔系における知覚受容機構の解剖学的背景を解明する目的で, 比較組織学的研究が計画された。この研究は, その一部である。
研究材料には, ヒトを含む霊長類の進化学的系列のなかで, 最も原始的な動物と考えられているツパイが, つい最近まで所属させられていた食虫類のなかから, モグラ科のヒミズモグラを選んだ。新鮮な頭部を10%ホルマリンで固定し, 脱灰ののちセロイジン包埋して, 厚さ20μの連続切片を前頭断, 水平断, 矢状断の3方向で作成し, 鍍銀染色を施した。その水平断切片で, 全歯列の歯根膜の神経分布の密度を根尖部と中間部とで, 25μ×2.5, μの網目の対眼ミクロメーターをもちいて数的に測定した。
歯式は, 〓である。上・下顎歯それぞれ三叉神経第2枝と第3枝の歯槽神経で支配される。口蓋神経と鼻口蓋神経は口蓋を, 舌神経は舌側歯肉を, 頬神経は頬粘膜と頬側大臼歯部歯肉を, 眼窩下神経は上唇と唇側切歯および小臼歯部歯肉を, 頤神経は下唇と切歯および小臼歯部の唇側歯肉を支配する。
根尖部歯根膜は中間部歯根膜より5ないし8倍もの神経線維とその自由終末で支配されている。歯頸部は口蓋側または舌側歯肉の神経と, 頬側または唇側歯肉の神経とからの自由終末と, これに一部の歯根膜神経線維が加わって構成する歯間神経叢で支配される。
歯肉は一般に自由終末で支配されるが, 切歯部口蓋側歯肉にはKrauseの終末小体とEimer器官ならびに被覆分岐性終末が, 舌側切歯部歯肉や頬側大臼歯部歯肉とその頬粘膜にはKrauseの終末小体が分布する。唇側切歯部歯肉には分岐性終末が, 口唇にはKrauseの終末小体やEimer器官が分布する。
硬口蓋の前方部にはKrauseの終末小体やEimer器官が, また, その後方部 (大臼歯部) には大きな知覚神経叢の形成がある。軟口蓋の神経分布は極めて疎である。
顎関節は, その前方部では咬筋神経の枝から, その後方部では耳介側頭神経の枝からの自由終末で支配される。
歯列の神経支配のパターンは触覚毛のそれとよく似ている。また, 口腔の前方部領域には, いろいろな機械受容器が多量に, しかも, 密に分布している。これらの神経組織学的所見を総合すると, 歯列は咀嚼機能の他に, 触覚機能をもかね備えているといえる。また口腔の入口付近は外来刺激に対して, 非常に鋭敏な感覚帯を形成し, 硬・軟両口蓋移行部粘膜も一種の感覚過敏帯をなすものと考えられる。
このようなヒミズモグラの顎口腔系における機械受容器の密な分布は, この動物の咀嚼筋での筋紡錘の発達や, 吻尖部無毛皮膚のEimer器官や長い触覚毛の発達とあいまって, 顎運動の神経筋調節機構上重要な役割と意義をもつものであることを物語っている。
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