わが国では近年、思考の方法に関して教育を行う道徳授業の必要性がデューイ思想に基づいて主張されてきた。これを受けて本稿は、デューイが、道徳的に望ましい思考の方法はいかにして習慣となりうると考えていたか、人は他者の道徳的思考を導きうると考えていたかどうかについて、彼の改訂版『倫理学』に示された見解を明らかにする。特に、人から人への道徳的評価の情動的な表明である「是認」・「否認」に関するデューイの議論に注目する。
本稿では、大学進学者が同年代の過半数を占めるようになった今日の日本社会において、大学進学希望の形成時期が教育達成における階層差の形成メカニズムにどのように寄与しているのかを、高校生のパネル調査データを用いて検討した。分析から大学進学希望形成時期が出身階層と教育達成の関連を媒介していることが示唆されたことを踏まえて、高校による生徒の進路に対する「枠づけ」と教育達成の階層差形成の関連を議論した。
本稿は、地方分権的な教育行政構造を有するアメリカを取り上げ、5年制小学校から8年制小学校へと学校段階区分を変革する際に、地方教育行政機関は如何に学校施設整備の財源を確保したのか資金調達の実態を追究した。中でも課税権の無い学区に焦点をあて、学区教育委員会、学区教育長、郡政府、学校関係者、地域住民との関係に着目しながら、地方教育行政機関の立場から資金調達のプロセスを解明した。その結果、地方教育行政機関である学区が主体となって債券プロジェクトを実施し、民意を反映させながら、その財源を郡の債券発行によって確保していることを明らかにした。
本稿では、Michael Fieldingが提起した「ラディカルな同僚性(radical collegiality)」概念について、その形成文脈と思想的背景を辿ることでFieldingの議論の特徴を検討する。その際、教師と生徒の対等な関係性の主張に着目し、実践研究「研究者としての生徒(Students as Researchers)」との結びつき、Judith Littleの「同僚性」概念との民主性を軸にした新たな連関、そしてJohn Macmurrayの哲学に依拠したFieldingの議論の特徴を明らかにする。教師と生徒の権力問題への着手からは、学校や教育の意味に転換をもたらすことが示唆される。