【目的】 移乗動作は在宅復帰の可否に影響を与え、右半球症状が移乗の自立に関連するとの報告がある。
今回、右アテローム血栓性脳梗塞を呈した患者を担当した。本症例は左片麻痺に加えて、左半側空間無視、注意障害、感情コントロール低下等の高次脳機能障害を認め、移乗動作の積極的な練習が困難であった。「歩きたい」という主訴に即して、長下肢装具を用いた歩行練習を実施し、移乗動作が見守りで可能となった。その要因について検討したため報告する。
【症例】 70歳代、男性。右アテローム血栓性脳梗塞を発症し、37病日で当法人回復期リハビリテーション病棟に入院。
「歩けるようになれば何でもできる」との発言が頻回に聞かれていた。
【神経学的所見】 入院時のStroke Impairment Assessment Set(以下、SIAS)の下肢項目は1-1-4。Scale for Contraversive Pushing(以下、SCP)は座位で2点。Trunk Control Test(以下、TCT)は24点。
【神経心理学的所見】 Mini-Mental State Examination(以下、MMSE)は20点であり、図形模写では右側図形の右側のみの描写。Frontal Assessment Battery(以下、FAB)は5点。Trail Making Test Part Aは259秒。その他の検査は測定困難であった。左半側空間無視、注意障害を認め、易怒性が高く、積極的な介入は困難であった。
【ADL評価】
座位:頚部は右回旋し、正中位での保持は困難であった。体幹が左へ傾斜した際には手すりの把持がみられた。
移乗:左側への姿勢の崩れがあり、立ち上がりが困難なため二人介助を要した。
【介入】 起居や移乗など基本的動作の反復練習は拒否が強く、介入前後の離床と臥床時のみの実施となった。
歩行練習は受け入れが良好であり、注意障害や半側空間無視による周囲への注意転導を避ける目的に、往来の少ない静かな廊下で長下肢装具を用いた歩行練習を開始した。
長下肢装具歩行は、15~30m×1~3セットを本人の受け入れが可能な範囲で実施した。装具は当法人の備品を使用した。
88病日より短下肢装具を併用し、麻痺側立脚期における支持性の向上に伴い、108病日より装具なし歩行へ移行した。
担当PTによる歩行練習は受け入れが良好であったが、代理スタッフには暴言や暴力が認められた。
【結果(120病日)】 SIASの下肢項目は3-3-4。SCPは座位にて0.25点。TCTは48点。座位は手すりを把持することで正中位での保持が可能となり、移乗は手すりを使用して見守りで可能となった。
一方、MMSEは21点、FABは11点と高次脳機能障害は中等度に残存していた。
【考察】 脳卒中ガイドライン2021では下肢機能、ADLに関しては課題を繰り返す課題反復訓練が勧められる。しかし、本症例は易怒性が高く、移乗の反復練習は困難であった。一方で、長下肢装具を使用した歩行練習は受け容れが良好であった。
網様体脊髄路は、体幹と両上下肢近位筋の協調的な運動や姿勢を制御するとされており、長下肢装具を使用した歩行練習にて網様体脊髄路の賦活を図った。本症例は、積極的な介入は困難であったが、受け入れ良好であった長下肢装具歩行により、下肢近位筋の協調的な運動や姿勢定位障害の改善に繋がったと考える。
また、本症例は易怒性が高く、暴言や暴力が認められていた。易怒性への対応は認知障害を軽減する環境調整が前提である。今回、①物理的環境は往来の少ない廊下を選定し、②人的環境は、受け入れ良好である担当PTによるリハビリを中心に実施した。
以上より、中等度に高次脳機能障害を呈し、易怒性が高く、積極的な介入が困難な本症例においても主訴に沿って、長下肢装具を用いた歩行練習を実施することで、移乗が監視レベルまでに改善したと考えられた。
【倫理的配慮】 本研究は、当院の倫理委員会の承認(承認番号61)を得て実施した。なお、本人家族へは書面にて同意を得た。
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