【はじめに】
身体障害者療護施設に入所する一症例に対し、電動車椅子(以下、Ew/c)を導入し、追いかけ遊びを通して操作能力が向上したので考察を加え報告する。
【症例紹介】
31歳、男性、脳挫傷後遺症(びまん性軸索損傷)による四肢麻痺を呈す。発症より9年6ヶ月経過。人と関わることが大好き。
【評価】
身体機能:四肢過緊張。動作時動揺あり。座位保持不可。
上肢機能:手指屈曲拘縮あり。左側が随意性高い。ゆっくりとした動作で全可動域自動運動可能。
高次脳機能:注意・集中困難。
コミュニケーション能力:代替機器にてYes-No反応可能。表情でも感情表現可能。
Ew/c操作能力:わずかに前方と左右のコントロールが可能。一度緊張を高めると緩和に時間がかかり、一定方向にのみ進む。
ADL:Barthel Index 0点。
【経過】
1期(導入期):自ら周囲と関わる機会作りとしてEw/c導入。操作部位として頸部、上肢、下肢を比較検討したところ、上肢の随意性が一番高かったため、上肢での操作を導入した。手指屈曲拘縮によりコントロールレバーの把持が困難なため改良を加えた。しかし、姿勢の不安定さから筋緊張を高め、上肢操作を困難にしていた。また、注意・集中が続かず持続的な操作が困難。
2期(姿勢設定期): 以前から所有していた座位保持椅子に電動装置を装着し訓練実施。ゆっくりだが上肢の自動運動が容易になり操作性向上。左右の方向転換が可能になった。直進距離10m可能。
3期(追いかけっこ導入期):Ew/c操作訓練中、仲の良い他入所者を楽しそうに追う。同時にEw/cの操作能力が向上。その後その方を追いかけることを具体的目標として訓練を実施。追いかける人へ注意が向き操作の持続性向上。直進距離15m可能となった。
【結果】
自ら周囲の環境と関わることの少なかった症例は、Ew/cで「人を追いかける」という自ら関わりを持つことができた。また、一方的な関わりだけではなく周囲の反応を期待して働きかけるという、人とのやり取りを楽しむこともできた。
【考察】
Ew/c導入を操作訓練において身体機能・高次脳機能面の問題は、積極的に環境に働きかけることへの大きな阻害因子であった。座位保持椅子によって姿勢を安定させたことが操作の向上を促したと考える。さらにEw/cでの追いかけ遊びは、自分の意思で移動でき周囲の人と関わることのできる新鮮で楽しい経験であった。この経験は意欲の向上を生み、より積極的に環境に働きかけるといった気持ちを引き出したと考える。周囲の人々とのやり取りを楽しむことで達成感や自信もより強化された。今回、姿勢保持の重要さと意欲の引き出しが作業活動能力向上の重要なポイントになると思われた。今後Ew/cを実用化していくためには部屋から食堂までの距離(20m)を移動できる程度の能力が必要と考える。姿勢や環境設定の検討が今後も必要である。
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