我々は,Leptocircini族(Graphiini族と呼ばれることもあるが,この名称の使用についてはSmith&Vane-Wright(2001)参照)またはGraphium属の既存の形態分類と,遺伝子配列から得られた分子系統樹の比較検討を行った.分子系統解析では,上位の系統関係は核などの進化速度の遅い遺伝子を用い,下位の系統関係はミトコンドリアなどの進化速度の速い遺伝子を用いることが報告されており,本研究では,Leptocircini族の解析には進化速度の遅い核28SリボソームDNA(28S rDNA)約700塩基を用いた.また,Graphium属内の解析には進化速度が速いミトコンドリアNADHデヒドロゲナーゼサブユニット5(ND5)遺伝子793塩基を用いた.分子系統樹は,NJ法(近隣結合法)もしくはMP法(最節約法)によって,28S rDNA(Fig.2),ND5(Fig.3)ならびに28S rDNA+ND5(Fig.4)の分子系統樹を作成し,Graphium属が単系統であることが示された.また属内の各種の分岐は一斉に行われたことが示唆された.また,各亜属の系統関係は,形態分類を支持するものであったが,一部異なる結果も得られた.形態分類ではGraphium属にはPazala,Pathysa,Arisbe,Graphiumの4亜属に分類されている(Smith&Vane-Wright(2002)は4亜属を支持せず,複数の小グループからなるとしている).本研究で得られたND5や28S rDNA+ND5の系統樹では,Pazala,Pathysa,Arisbeはそれぞれ単独のクラスターを形成した.しかしGraphium亜属におけるeurypylusグループ(本研究では以下の種を解析した;G.doson,G.bathycles,G.chiron,G.evemon,G.leechi,G.eurypylus)とHancock(1983)がPathysa亜属に分類したG.akikoae Morita&Shinkai(=phidias Oberthur)は,本研究で使用した28S rDNA領域の塩基数が他の亜属やグループと比較しても少なく(eurypylusグループとG.akikoaeは713塩基,Graphium属の他の種は717塩基),Graphium亜属の他の種とはクラスターを形成しないことから,別のグループであることが分子系統樹により示され,eurypylusグループはGraphium亜属には含まれないことが示唆された.また,形態分類ではアフリカのGraphium属を全てArisbe亜属とする説(Munroe,1961;Miller;1987)と,尾状突起の無いグループをArisbe亜属(本研究では以下の種を解析した;G.ridleyanus,G.latreil-lianus,G.angolanum,G.tynderaeus,G.leonidas,G.adamastor,G.schubotzi),尾状突起のあるグループをGraphium亜属(G.policenes)とする説(Hancock,1983,1993)に分かれるが,本研究の分子系統樹ではHancockの分類であるArisbe亜属とGraphium亜属の2亜属に分かれることを支持している.
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