第一次世界大戦が続いていた 1916 年末、ヴァルター・ベンヤミンは、当時の友人の一人、 ヘルベルト・ブルーメンタールに宛てた手紙のなかで、戦争の時代の闇を歩み通す方法と して「批評」を挙げている。闇の奥底から道を照らす光を引き出す批評の認識は、ベンヤ ミンの 1910 年代後半からの思考を辿るならば、概念ではなく言葉を媒体として芸術作 品の真理に迫り、芸術とその美を根底から捉え直すものと言える。ここでは、ベンヤミン の青年期から 1930 年代までの思考を、そのような批評にもとづく美学として見通す一 つの視角を提示しようと試みる。 ベンヤミンの美学は、一方では「技術的複製可能性の時代の芸術作品」に言われる「知 覚の理論」の側面を有する。それは、生体としての人間の感性と結びついた想像力が、自 我の意識を越えて発展し、自然の脈動と陶酔的に一体となるばかりでなく、神話的な「現 実」を破砕するほどの力を発揮しうることを、映画を含めた芸術を介して見通そうとして いた。他方でベンヤミンは、このような想像の展開のなかに出現したものを、「冷静な省察」 を介して言葉に結晶させる認識が不可欠であると考えていた。その決定的な契機が「表現 なきもの」であり、それがもたらす表象の「中間休止」である。
ベンヤミンは、「表現なきもの」をマティアス・グリューネヴァルトの《イーゼンハイ ムの祭壇画》に見ていた。また、表象を中断して表象自体を出現させる「中間休止」の概 念を、フリードリヒ・ヘルダーリンの詩学から得ていた。このことを背景に繰り広げられ たベンヤミンの美学は、戦争の破局とそれによって露呈した経験の不可能性を踏まえつつ、 想像力の解放と、それを媒介する芸術の可能性を探究している。この批評としての美学を 貫く認識は、作品を救済された世界の断片として閃かせ、歴史的な世界を廃墟として照ら し出す。このことには政治の可能性も賭けられていたと考えられる。
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