東京大学創薬機構は昨年創立10周年を迎えた。本機構は、アカデミア創薬のハブ拠点として、公的大規模化合物ライブラリーと化合物スクリーニング基盤を継続的に構築・整備し、アカデミア研究者が発見した創薬標的分子に対する機能制御物質探索を強力に支援してきた。さらに、2016年度から、本機構内に「東京大学創薬機構構造展開ユニット」が新たに設立された。本ユニットの目的は、アカデミア創薬における“ヒット化合物からリード化合物への構造展開”の支援強化である。同ユニットでは、所属する製薬企業現役研究員の実践ナレッジを集結させることで、従来アカデミアでは実施困難であったADME・物性評価を加味した構造展開支援を推進している。
ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬vorinostatがFDA承認を受けて以来、エピジェネティクス創薬への期待がますます高まっている。近年、HDAC阻害薬だけでなく、ヒストンメチル基転移酵素阻害薬やリシン特異脱メチル化酵素阻害薬の臨床研究も進んでおり、新たなエピジェネティクス制御化合物が医薬品として承認される日もそう遠くはないであろう。その一方、現在、承認薬として使われている、あるいは、臨床開発されているエピジェネティクス制御化合物は、悪性リンパ腫など、がんを適応症とするものがほとんどである。エピジェネティクスは、がんのみならず、中枢神経系疾患などさまざまな疾患に関与するため、他の疾患への適応が今後の課題となる。そこで、本稿では、これまでのエピジェネティクス創薬について概説した後、中枢神経系疾患治療を志向した筆者らの創薬研究について紹介する。
がん細胞の運動や浸潤に重要な働きをするアクチン結合タンパク質であるコータクチンの活性は、アセチル化などのさまざまな翻訳後修飾によって制御されている。筆者らは、酸化ストレス応答転写因子Nrf2の負の制御因子であるKeap1をコータクチン結合因子として同定し、Keap1によるコータクチンの新しい活性制御機構を明らかにした。さらに、Keap1-コータクチンシステムを介したアセチル化による細胞運動制御機構を明らかにしたので紹介する。加えて、コータクチンの脱アセチル化酵素として同定したSIRT2の阻害薬は、がん浸潤、転移の治療薬になる可能性があることから、SIRT2阻害薬探索研究を実施し、複数のヒット化合物を得ることに成功した。得られた阻害薬とSIRT2複合体のX線結晶構造から、SIRT2の新しい酵素活性の制御機構の存在が明らかになったので併せて紹介する。
PIポリアミドの配列特異的な結合親和性を基盤として、筆者らは機能性PIポリアミドの合成と機能評価を進めている。機能性PIポリアミドの開発によって、ゲノムプロジェクトから得られた膨大な塩基配列情報を創薬に応用できる可能性がある。共有結合を形成するDNA損傷制御型PIポリアミドによって、ヒト細胞に対してさまざまな遺伝子群を標的にした強い発現抑制機能が期待される。また、エピジェネティクス制御型PIポリアミドは、将来的に人工転写因子の1種として特定遺伝子発現の活性化に応用されることができるだろう。ここでは、筆者らの機能性PIポリアミドの遺伝子制御技術としての可能性を解説する。
CRISPR-Cas9システムの登場により、標的配列に特異的に働くDNA修飾酵素を利用したゲノム編集技術あるいはエピゲノム編集技術が急速に発展しており、ゲノム機能への理解がより深くなされるようになってきた。エピゲノム編集においてはヒストンタンパク質の修飾に変化を与える手法とDNAのメチル化状態を変化させる手法の2通りが存在する。ゲノム機能を制御するゲノム/エピゲノム編集技術の発展について概説するとともに、ヌクレアーゼとは異なる特徴をもつDNA組換え酵素を利用したゲノム編集技術に関する研究、ヒストンタンパク質など細胞内で局在を示すタンパク質の可視化が可能なZIPタグ−プローブシステムに関する研究などについて紹介し、今後のエピゲノム編集技術を利用したエピゲノム創薬に関する展望を述べる。
ヒストンメチル化酵素(Histone methyltransferase:HMT)は、ヒストンタンパク質の特定のリシン残基をメチル化し、エピジェネティックな転写制御を担っている。近年、HMTとさまざまな疾患との関連が報告され、各々のHMTに対する阻害剤の開発が急速に進んでいる。なかでもSet7/9はヒストンタンパク質に加えて、p53、エストロゲン受容体αなどもメチル化し、その機能を制御することから、関連する疾患の分子標的として注目されている。本稿では、筆者らがこれまで行ってきたSet7/9を標的とする創薬研究、および有機化学反応を利用した活性検出系の構築について概説する。
ヒストンのアセチル化修飾は重要なエピジェネティクス調節機構の1つである。ブロモドメインは、ヒストンのアセチル化リシンを認識するreaderであり、転写やクロマチンリモデリングなどのDNA依存的な細胞プロセスを制御する。ブロモドメインを対象としたエピジェネティック研究の多くは、BETファミリータンパク質を標的としており、その阻害剤は抗がん剤として臨床試験段階にある。筆者らは、BET阻害剤のファーマコフォア検証やアカデミアとしてのポリファーマコロジー活性化合物創製研究として、新規BET阻害剤およびBET/HDAC二重阻害剤を創製している。本稿ではBETブロモドメインの医薬標的としての魅力や最新の阻害剤の開発状況などを紹介する。
ヒトの腸管内には多種多様な腸内細菌が生息しており、それら腸内細菌叢は宿主細胞と密接に相互作用することで複雑な腸内生態系、すなわち腸内エコシステムを形成している。腸内エコシステムが、ヒトの健康と密接に関わっていることが明らかになりつつあるが、逆に腸内エコシステムのバランスの乱れが、炎症性腸疾患や大腸がんといった腸管関連疾患のみならず、アレルギーや代謝疾患といった全身性疾患につながることも報告されている。本稿では、腸内エコシステムが宿主の恒常性維持や疾患発症にどのように影響しているのかについて概説するとともに、腸内エコシステムに基づく個別化ヘルスケアの必要性についても議論する。
第11回AFMC国際医薬化学シンポジウム(AIMECS17)が2017年7月24日(月)〜26日(水)にかけて、オーストラリア、メルボルンにて開催された。本学会はCADD、Epigenetics、Neglected Diseasesなどのセッションで構成され、招待講演9題、口頭発表32題、ポスター発表約140題が行われた。本レポートではいくつかの講演と学会の様子について報告する。
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