旧ソ連の社会主義体制の崩壊はシベリアの先住民に関する人類学的, あるいは民族学的な研究に大きな刺激を与えた。まず第一に外国の研修者がシベリアでフィールドワークを行うことを可能にし, 第二に社会主義時代の評価とポスト社会主義時代の展望という新たな研究テーマを生み出し, そして, 第三に従来の人類学, 民族学の方法論のみならず, 研究テーマの設定そのものに対する反省を余儀なくしたのである。特に最後の点については, シベリアでのフィールドワークを独占してきたソヴィエト民族学だけでなく, そのデータを活用しながら独自の方法論でシベリアを分析していると称してきた西側世界(欧米や日本)のシベリア研究でも, 根本的に研究対象と方法論を再考する必要に迫られている。つまり, 時系列を無視して「伝統的」といわれる文化要素を寄せ集めたような民族誌は, ソ連時代やポスト・ソ連時代のシベリア先住民の動向を分析しようとする際には役に立たない。そのために必要なのは, 絶対的な時間軸にのった通時的な研究であり, あるいはある時間点を定めた共時的な研究である。シベリアの先住民には17世紀以来の文書記録が残されていることから, テーマによっては時間軸を明確にした通時的研究が可能であり, 19世紀末期以降には詳細な調査報告が残されていることから, ある時点での文化の記述も可能である。本稿では狩猟という「伝統的」生業活動の典型ともいえる活動を取り上げ, サハ共和国北部における狩猟活動の状況を革命以前, ソ連時代, ソ連崩壊直後と通時的に比較しながら, シベリア先住民の狩猟活動にとってソ連時代がいかなる時代であり, 今後どのように進展するのかについて述べていく。
抄録全体を表示