超音波検査画像はCT(computed tomography)・MRI(magnetic resonance imaging)といった放射線や磁場共鳴を用いる検査手法から取得される検査画像と比較してノイズが非常に多く,人工知能(artificial intelligence)を活用した画像診断支援AIの開発は遅れている.筆者らの研究グループは,この困難な超音波検査の中でも難易度が比較的高いといわれる「胎児心臓超音波スクリーニング」を対象にして長年超音波AIの研究開発を行ってきた.特に,医療現場での超音波AIの普及には説明可能性の向上が必要不可欠との考えのもと,さまざまな手法を提唱してきた.本稿では筆者らの提案する説明可能表現であるbarcode-like timelineとgraph chartについて説明する.さらに双方の手法を医師が実際に用いた結果,どのように自身のスクリーニング能力を向上させることができるかを示す医師読影比較試験の結果を説明する.最後に現在の超音波AI研究の最前線と展望を紹介する.
脳画像データ解析は,ボクセル値を基盤としており,脳疾患の診断や治療において重要な役割を果たしている.近年では,人工知能技術による成果も得られているが,処理速度の向上と解析結果の説明性の確保が課題となっている.本稿では,次元削減によるスコアリング手法に着目する.適切に得られたスコアは,脳画像バイオマーカーとして活用可能であり,計算コストの削減と高い説明性が期待される.解析の前処理として解剖学的標準化を行うと,行列分解法の適用が可能となる.本稿で紹介するマルチ教師付きスパース成分分析は,従来の行列分解法を発展させた手法であり,膨大な脳画像データを段階的な線形変換により効果的に縮小する.さらに,逆変換を通じて関連する解剖学的脳領域を同定し,結果の説明性を高める.また,マルチ教師の一部を反転させることで不要な変動を非学習する方法を,具体的な解析例を通じて紹介する.
本稿では,診断根拠が説明可能な濾胞性リンパ腫の悪性度評価に向けて,細胞の種別構成比を指標とする悪性度の定量評価基準を提案した研究について解説する.悪性リンパ腫の主要サブタイプの1つである濾胞性リンパ腫では,centroblastとよばれる細胞の個数と,centrocyteとよばれる細胞の有無により4段階の悪性度が定められている.しかし実際の病理診断では,組織スライド中に存在する膨大な数の細胞それぞれが識別されることなく,悪性度は定性的に評価される.悪性度の定量基準獲得に向けては細胞の種別識別器の構築が必要となるが,細胞の種別を示す教師ラベルの付与は専門医にも容易ではない.そこで,曖昧さ情報を含む弱ラベルを活用し,補ラベル学習を応用した種別識別器の構築法を提案する.そして,識別器を組織スライド中の濾胞内の細胞すべてに適用することで,centroblastとcentrocyteの数や空間的分布を把握し,悪性度の定量評価基準構築に適切な指標を検討した結果を報告する.
病理分野におけるデジタル画像はwhole slide image(WSI)とよばれる巨大な画像となる.計算機でWSIをそのまま扱うことは困難であることから,病理画像を用いた機械学習では一部の小領域を切り出したパッチ画像を入力とすることが一般的である.一方で,病理医によるアノテーションコストはきわめて高く,各パッチ画像に対して正確なクラスラベルを付与することは困難である.そのためデジタル病理ではWSIに対してクラスラベルが与えられる弱教師あり学習の問題設定が一般的であり,マルチインスタンス学習(multiple instance learning, MIL)が有効であることが知られている.代表的なモデルとしてアテンションベースMIL(attention-based MIL, ABMIL)が利用されており,モデル内で計算されるアテンションは標本中のどこに注目したかを示す指標となる.アテンションの利用はデジタル病理における説明可能AIの一手法であり,本稿ではABMILの概要および説明可能AIへのアテンションの応用について解説する.
30年近く前に筆者は,三次元医用画像中の線状(血管,気道など),面状(皮質,関節軟骨など),塊状(腫瘤,リンパ節など)構造を抽出するための多重スケール局所構造解析法を開発した.本手法はかつて広く用いられた解析法の一つであり,深層学習が主流となった現在でも,学習データの確保が難しい場合などにおいては今なお生体医用画像処理の現場で活用されている.本稿では,医学と情報科学の連携研究が本格的に始まりつつあった黎明期に,この解析法がどのような背景や経緯のもとで生まれたのかを,当時の研究環境やアドバイザーとのやり取り,試行錯誤の過程を交えて振り返る.初期には研究の方向性に対して慎重な見方もあったが,継続的な取り組みの中で徐々に手応えが得られるようになり,やがて流れが変わる契機を迎えることとなった.また,この研究は米国の研究室で行われたが,当時の日本の医用画像研究から大きな影響を受けたことについても述べたい.