全炭酸とは,海水中に溶存するCO
2あるいはH
2CO
3とHCO
3-とCO
3--とからなる一群の炭酸物質に対して名付けられる.海洋中にはこれらの炭酸物質の外にも,各種の炭素化合物があるが,その多くは海洋生物と関係が深い.光合成,酸化分解に際し,上記の炭酸物質と各種の炭素化合物は相互に変化し合う.その過程はきわめて複雑であるが,その際の元素の収支を全般的にみると案外簡単のように思われる.著者が海水について最近明らかにした事実はこのことを示唆する.海水中のリン酸塩濃度とAOU(酸素の飽和量と観測値の差)の関係からΔP/ΔO
2比の値を求めると,原子比で1/272となる、Flemingのプランクトンの元素分析によるC:N:P比106:16:1に基いてRedfieldらはプランクトン物質の平均的な化学式を(CH
2O)
106(NH
2)
16(PO
4)とし,これが完全に分解することを仮定してΔP/ΔO
2比として1/276なる値を得た.これは前述の1/272にきわめて近い.このことは,プランクトンのC:P比がほぼ106:1に近いことを示すものと考えられる.然らば,海水のΔC/ΔO
2比は106/272に近い値になるのではないか,この場合,有機物の完全酸化は海水中のCO
2を増加させ,従つて,全炭酸を増加させることを考えれば,ΔC/ΔO
2比は全炭酸と酸素の量比として海水の値から求められるはずである.
海水中の全炭酸は,微量拡散法で求めた. 試料としてJEDS-3とJEDS-4の海水を用いた.分析は勿論現場で行なう.その結果,海水のΔC/ΔO
2比が確かに106/272に近い値であることを認めた.南極周辺水についても,この点をチェックしたが,ほぼ同様の結果を得た.
リン酸塩と酸素の関係について,著者はすでに別報で精しく述べたが,それによるとリン酸塩は一般に,保存性と非保存性の二種に分けられる.同様のことは全炭酸についても云える.リン酸塩の場合と全く同様に,水塊の標識としては,全炭酸そのものよりも保存性全炭酸の方が合理的である.南極周辺水のうち,深さ150~300m以深の水と以浅の水について保存性全炭酸濃度を求めると,それぞれ0.85, 1.60mg-at/lとなり,明瞭に差が認められる.これは,最近RedfieldとFriedmanが重水と塩分の組合せから求めた水塊の区分とよく一致し,注目される.保存性全炭酸濃度の値とクロロシテイとの比を二,三の日本周辺水と南極周辺水について求めてみると,前者ではいずれも0.11となるのに,後者では,0.08,0.04というかなり低い値になる.これは注目すべき点であるが,さらに多くの試水について確かめることが望ましい.
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