西部北太平洋の海水中から濃縮・脱塩した銅(II)有機錯体について2通りの測定を行い、銅(II)に対して錯形成能を有する有機配位子の鉛直分布と化学的性質について調べた。キレート試薬エチレンジアミン四酢酸(EDTA)との配位子置換反応を利用して、銅(II)に対して強い錯形成能を有する有機配位子(条件安定度定数 log
K′
CuL > 14)を錯体化学的に分別し、定量した。また、異なる濃度の銅(II)イオンを滴定した後、疎水性樹脂を利用して銅(II)有機錯体を濃縮分離し、その測定結果の解析から、疎水性有機配位子の条件安定度定数がlog
K′
CuL ≤ 10.26であることを試算した。
強い有機配位子(log
K′
CuL > 14)は、海面から1000 m の全層で検出され、その濃度は0.02~0.19 nMの範囲にあると見積られた。疎水性有機配位子の濃度は、強い有機配位子に比べて、特に表層水中で低めであった。強い有機配位子の鉛直分布は、表層有光層で小さな極大を示したが、その深さはクロロフィルa濃度とは異なった。疎水性クロマトグラフィーにより定量した銅(II)総濃度と各有機配位子の条件安定度定数を用いた解析から、強い有機配位子は、海面から1000 mの全水柱で定量的(> 99.9%)に錯形成した化学形で存在していることがわかった。対照的に、疎水性有機配位子(log
K′
CuL = 10.26)のうち錯形成している割合は、120 m深度での15%から銅(II)濃度が高い1000 mの78%まで増加した。強い有機配位子は、疎水性有機配位子とは異なる配位座や化学的構造を有すると考えられた。すなわち、強い有機配位子は、極性を持ったいくつかの官能基からなる多座配位子であり、相対的に親水性であることが示唆された。
2つの実験結果の相補的な解析から、銅(II)に対する錯形成能が異なる、少なくとも3種の有機配位子の存在が確認され、またそれらの疎水性にも違いがあることがわかった。各有機配位子は、海洋水柱の各深度で、それらの錯形成能に応じて、異なる割合で銅(II)と錯形成していた。海洋内での銅(II)と有機配位子の存在量や分布、動態を理解する上で、有機配位子の性質や相互作用に関する知識が重要であることが示された。
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