経済的に多大な被害をもたらすコムギおよびオオムギの赤かび病が過去20年間以上も世界的に発生・流行している.赤かび病の主原因菌は当初,任意交配の単一種,
Fusarium graminearumによるものと考えられていたが,過去10年間以上にわたり実施されたGCPSRを適用した一連の研究で,本形態種が少なくとも16の系統学的に異なった種(以降,
F. graminearum種複合体と呼ぶ)からなることが明らかになった.アライメントした16.3kbのDNAシーケンスデータからなる,12遺伝子領域の結合データについての最節約法と最尤法に基づいた多遺伝子座分子系統学は
F. graminearum種複合体に含まれる異なった種群が,アジア,北米,南米,オーストラリア,アフリカに放散したことを示唆している.これらの系統群の生物地理学的構造は,アジアと北米での種の隔離の証拠と共に,
F. graminearum種複合体における広範囲の異所的種分化と矛盾無く一致する.GCPSRを適用して得られた結果とは異なり,菌の分生子の特徴や菌叢の形態を用いた形態学的種識別では
F. graminearum種複合体の16種の内,6種と3種群を区別できるのみであり,種の同定を容易にする高感度の分子鑑別ツールの必要性を示す.種同定とトリコテセンカビ毒ケモタイプ予測の必要性に向けて,多遺伝子座遺伝子型判定試験を考案し,その有効性を確認した.本法は,我々が行った世界的な赤かび病の調査研究において,新規の
F. graminearum種複合体菌種の発見に極めて有効であった.赤かび病病原体の多様性と,それらのトリコテセンカビ毒産生能と生物地理学的分布の全体像を明らかにするために,分子および表現形質についての解析研究を現在も進めている.
F. graminearum種複合体の分布とその変異に関する農業上の重要性についての理解は,土着でない赤かび病病原体の侵入と拡大を阻止するための農業バイオセキュリティの改善を含めて,新規の病害とカビ毒制御戦略の開発のために大変重要である.
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