診療報酬は日本の医療費や診療内容に大きく影響する医療保険制度の根幹をなす仕組みであり,診療サービスの価格表にとどまらず,保険給付の範囲・内容を定めた「品目表」であり,また,医療現場のサービスや体制から国家財政に至るまで様々なレベルで強い影響力をもっている.診療報酬の設定は中央社会保険医療協議会(中医協)が中心的な役割を果たすとともに,医療政策の基本方針や政府予算編成と整合をとりながら実施される.
医療サービスの効率性を考える際に重要な点は費用対効果の考え方である.諸外国においては,費用対効果の評価を政策に応用する仕組みが取り入れられているところも増えてきており,日本でも2016年度から医薬品・医療機器の費用対効果評価の試行的導入が開始された.既収載の医薬品・医療機器から選定されたものについて評価を行い,償還価格の調整に用いられる予定である.試行的導入においては保険収載の可否の判断に用いられないため,臨床現場での治療には大きな影響はないものと考えられるが,今後,公的医療保険制度の維持に向けて効率的な医療提供が求められるため,費用対効果の評価は重要になるものと思われる.
日本では「保険医療機関及び保険医療養担当規則」第18条の規定「保険医は,特殊な療法又は新しい療法等については,厚生労働大臣の定めるもののほか行つてはならない」により,研究的な要素をもつ診療(臨床試験)は保険診療の枠組みの中では実施できない.その例外が保険外併用療養という枠組みの中の評価療養(治験と先進医療が含まれる)と患者申出療養で実施される臨床試験である.本稿では当該療養の仕組みを概説する.
医師を養成するシステムの変革期が続いている.その背景を俯瞰的に理解するには,大学教育や医学・医療の変化が参考になる.日本では,医学部入学後から卒業までの教育(以下,卒前教育)カリキュラムの改訂と卒後初期臨床研修(以下,卒後研修)の次期の見直しに向けた検討が同時に進行中であり,両者の間で教育の目標を統一する方向で検討が進められている.これらの見直しには,カリキュラムや学習に関する新たな考え方が影響している.
エビデンスに基づく標準的な医療を安全,効率的に提供するためには医学的アプローチに加え,産業界で発展した品質管理学の手法を応用することが欠かせなくなってきた.Quality improvement(医療の質改善)と呼ばれる学際領域であり,日本の産業界で発展した各種の手法が用いられている.本稿では,質改善の考え方と主な手法(PDCAサイクル,リーン生産方式,six sigma(シックスシグマ)など)について解説する.
日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development:AMED)は医療研究開発の速度を最大化することにより,患者にいち早く研究の成果を届けることを目的として設立された.このミッションを果たすためにピアレビュー制度や課題管理の仕組みに関する改革,補助金の効果的運用,データシェアリングの普及などを推進している.
ゲノム検査が急速に医療に入ってきた.一部は高額であり,保険の対象外であるが,重要なゲノム検査もある.ゲノムの分野は微生物,遺伝病,多因子病,がんなど多方面にわたっており,統一的な理解は容易ではない.筆者はゲノムに関する分野を生命,種,集団,家族,個体,細胞の六層の階層構造に整理し(六層構造),ゲノム検査はそれぞれの層で要素をゲノム配列により区別する手法である,という統一的定義により理解することを勧める.
「医療事故調査制度」は制度開始から約1年が経過し,責任追及ではなく,医療の質・安全を目的とし,「事故」の判断,調査を当該医療機関が主体的に行う,信頼を基盤とした制度である.1年で約400件の事故発生の報告があった.紛争という観点で対応し,報告内容にもそれが表れたものもあるが,事故を報告・共有し,外部委員を入れた調査による原因究明から再発防止という目標を理解した対応も多い.本制度の発展には,報告すべき例を報告する医療者個人の自覚と,広く医療界の支援が必要である.
60歳代,男性.中咽頭癌に対して放射線化学療法で寛解を得たが,貧血と白血球減少が出現し,血液内科へ紹介となった.骨髄不全症候群(低形成骨髄異形成症候群)と診断し,蛋白同化ステロイド薬で治療したが,効果は限定的であった.体格や食事量などからカルニチン(carnitine)欠乏症を疑い,レボカルニチン(L-carnitine)を補充したところ,Hbと白血球数は基準値まで改善した.癌治療後の骨髄不全症候群にカルニチン補充療法が有効である可能性が示唆された.
41歳,男性.発熱,著明な浸出性胸腹水,全身のリンパ節腫脹,CRP高値を認め,原因不明の重症漿膜炎として大量ステロイド,シクロスポリンを投与するも無効.その後,シクロフォスファミド大量静注療法(intravenous cyclophosphamide:IVCY)を追加したところ,著効し,胸腹水は消失した.その後,リンパ節組織を再度検討し,臨床所見とあわせて,TAFRO症候群の診断に至った.本症例はIVCYがTAFRO症候群に有効である可能性を示唆する貴重な症例であると考える.
47歳,女性.発熱を主訴に入院し,各種検査で原因不明であったが,抗菌薬が開始された.第2病日に播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation:DIC),第4病日に低酸素血症を呈し,胸部単純CTで両側性の浸潤影・すりガラス影を認めた.当科転科後,ミノサイクリンを開始し,酸素化の改善が得られた.約2週間後のChlamydophila pneumoniae(C. pneumoniae)IgM抗体が7.17と上昇し,C. pneumoniae感染症による急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)と診断した.C. pneumoniae感染症は,ARDSの原因となり得ることに留意すべきである.
TAFRO症候群は,血小板減少(thrombocytopenia),腔水症(anasarca),発熱(fever),骨髄線維症(myelofibrosis),腎機能障害(renal dysfunction),臓器腫大(organomegaly)を特徴とする.症例は66歳,男性.7カ月前に血小板数減少を指摘され,約1カ月前より腹痛,胸腹水貯留が生じた.前医入院後に腎機能障害が出現し,当院転院となり,TAFRO症候群と診断した.比較的急峻な経過を辿るもステロイドおよびシクロスポリンによる治療で改善した.血小板減少を伴う腎機能障害の鑑別にTAFRO症候群を挙げることが肝心である.
Choosing Wiselyキャンペーンは,米国内科専門医機構財団の主導で2012年に発足した.米欧で同時発表された「新ミレニアムにおける医のプロフェッショナリズム:医師憲章」(Medical Professionalism in the New Millennium:A Physician Charter)(2002)を実践に移すべく,全米の臨床系専門学会に対して“再考すべき(無駄な)医療行為”をそれぞれ5つずつリストアップすることを求めたところ,大部分の専門学会が根拠文献とともにこれに応じたことで大きく注目された.キャンペーンとしては,「賢明な選択」を合言葉に,患者にとって最も望ましい医療について“医療職と患者との対話を促進する”ことを目指し,患者向けの説明資料や診療場面の動画を数多く提供している.2014年開催の国際円卓会議を機にこの機運は全世界に広まり,Choosing Wisely Internationalとしての本格的な活動が始まっている.これまでevidence-practice gapといえば,実施すべき医療が実施されていないことを指していたが,このChoosing Wiselyキャンペーンが,臨床的有用性についてのevidenceなしに実施されている過剰な医療に着目したことは,EBM(evidence-based medicine,根拠に基づく医療)の今日的展開という意味でも,また,医療技術評価論の立場からするlow-value care(低価値医療)への警鐘としても,特筆に値する.
ヘプシジンは,鉄代謝制御の中心的役割を担っているペプチドホルモンである.ヘプシジンは,血清鉄量,肝細胞内の鉄量,腸上皮での吸収鉄量などの変動で刺激され,血清鉄濃度の恒常性を保つように,また,体が鉄過剰に陥らないように作用している.腎性貧血では,エリスロポエチン(erythropoietin:EPO)産生能の低下に伴う造血機能の低下が発端となるヘプシジンの上昇や,赤血球造血刺激因子製剤(erythropoiesis-stimulating agent:ESA)や鉄製剤による治療時のヘプシジン発現異常は,いずれも血清鉄濃度の恒常性を保つためのフィードバック反応である.ESA投与量に左右されるFas/FasLを介した生存のシグナルや,EPO受容体に対するESAの持続的作用不足が誘因となるネオサイトライシス(赤血球崩壊)の病態は,ヘプシジンの反応で捉えることができる.腸管での鉄吸収量は,ヘプシジン濃度で決定される.このような病態は,血清ヘプシジン-25が測定できるようになり,容易に推測できるようになった.