Helicobacter pylori(H. pylori)感染は5歳以下で起こり,80%が家庭内感染で特に母子間が主流である.各世代のH. pylori感染率は10歳までで決まり,加齢とともに感染率が上昇しない.日本のH. pylori感染率は,高度経済成長の頃を境にして,感染率の高い年代と急速に感染率が低下している年代との二相性をもつが,経年とともにH. pylori感染率は着実に低下している.現時点での日本におけるH. pylori感染者は3,600万人程度と推定でき,感染者の多くが胃粘膜萎縮を伴うことが特徴である.
現在,年間約150万人のHelicobacter pylori除菌治療が日本で行われているとされる.組織学的に炎症を認める胃炎のほとんどがH. pylori感染胃炎であり,根本的な治療は除菌治療となる.診断・治療は「H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2016改訂版」1)に準ずる.原則的に全てのH. pylori感染胃炎は除菌治療の適応となる.ただし,H. pyloriの診断・治療の前に内視鏡による胃炎の確認が必須となっている.治療には耐性菌,副作用,除菌判定時期などの問題点があるので慎重に行う.
Helicobacter pylori(H. pylori)感染陰性者に発症する胃癌は,H. pyloriの感染と無関係に発症する胃癌であり,全胃癌中1%程度と報告される稀な胃癌である.H. pylori感染陰性者は胃癌の極めて低リスク群である.未分化型腺癌,胃底腺型胃癌がH. pylori陰性者に発生する胃癌の代表的なものである.未分化型腺癌(菅野・中村分類)は印環細胞癌が多く,内視鏡的特徴は褪色調を呈する平坦型の早期胃癌である.胃底腺型胃癌は体部腺領域に発生し,粘膜下腫瘍様の形態を呈する腫瘍である.その他,低異形度分化型腺癌,胃底腺ポリープ由来の癌,自己免疫性胃炎に伴う胃癌,遺伝的な背景の胃癌に,遺伝性びまん性胃癌,家族性大腸ポリポーシスに伴う胃癌がある.H. pylori陰性者の胃癌は極めて稀であるが,最近ではこれらの胃癌が認知され,発見されるようになった.
日本においては,Helicobacter pylori(H. pylori)感染率の低下に伴い,消化性潰瘍の件数そのものは減少している.その一方で,消化性潰瘍の成因に関して変化が起こっており,かつては消化性潰瘍の大部分を占めていたH. pylori感染による潰瘍は減少し,それに代わって非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)などの薬剤性潰瘍,また,H. pylori感染,NSAIDsによらない特発性潰瘍の割合が増加してくると予想される.H. pylori感染陰性時代には,潰瘍の成因は多様化することが予想され,適切に成因を診断し,それに応じた適切な治療が求められる.
胃が痛い,胃がもたれるなどの症状はディスペプシアと呼ばれるが,機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)とは器質的疾患がないのに胃の症状を慢性的に訴える疾患である.これまで慢性胃炎と混同されていたが,本来,胃粘膜の組織学的炎症を指す慢性胃炎と症状で規定されるFDは異なるものである.FDはストレス関連疾患と考えられ,Helicobacter pylori(H. pylori)感染との関連は少ない.複雑化するストレス社会を背景にして,H. pylori陰性時代においてますます注目される疾患である.
胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease:GERD)は1990年代後半より増加してきており,有病率は成人の10~20%と推定される.Helicobacter pylori(H. pylori)感染は胃粘膜萎縮,酸分泌能低下を介してGERDに影響を与えてきたことから,一般にH. pylori感染とGERDは負の関係にある.除菌後GERDは一過性で軽症であり,一部のGERDは除菌により改善する.H. pylori感染陰性時代のGERDには日本人の酸分泌能,生活習慣,肥満,内臓脂肪,薬剤などが影響を与える.
海外においてBarrett腺癌は急激な増加を示すが,日本においていまだ頻度は低く,早期診断のためにリスク因子を絞り込んだ診療対応が求められている.明確なリスク因子は同定されていないが,高齢・男性・肥満・喫煙・Helicobacter pylori(H. pylori)非感染などが推測されている.Barrett腺癌早期診断には内視鏡検査の際に接合部の前壁~右壁を中心に,発赤などの色調変化やわずかな隆起や陥凹などを注意深く観察することが重要である.
好酸球性消化管疾患(eosinophilic gastrointestinal disorders:EGIDs)は,病変が食道に限局する好酸球性食道炎(eosinophilic esophagitis:EoE)と,主に胃・小腸・大腸に病変が存在する好酸球性胃腸炎(eosinophilic gastroenteritis:EGE)に分類され,食物などをアレルゲンとする慢性アレルギー疾患と考えられている.好酸球性食道炎・胃腸炎はHelicobacter pylori(H. pylori)陰性者で罹患率が高く,H. pylori陰性時代において留意すべき疾患である.近年,厚生労働省研究班によってこれら2疾患に対する診断基準や治療法が提唱され,今後はそれらに準じた日常臨床が推奨される.
78歳,女性.発熱および背部痛を主訴に来院.血液培養でSalmonella enterica ssp. arizonaeが複数回検出され,胸腹部造影CT上の腸腰筋膿瘍および胸椎椎間板炎は同菌によるものと診断した.長期の抗菌薬投与にて血液培養の陰性化および炎症反応の改善を認めた.同菌はカメやヘビなどに寄生しており,ヒト感染症においては極めて稀である.臨床において動物との接触歴の聴取が重要であると再認識した症例である.
64歳,男性.7日前から発熱と湿性咳嗽が出現し,抗菌薬で改善なく,当センターを紹介された.入院後,肺炎として抗菌薬投与を続けていたが,大量下血を来たし,血管塞栓術を施行した.さらに,急性呼吸不全のため気管挿管となった.PR3(proteinase 3)-ANCA(anti-neutrophil cytoplasmic antibody,抗好中球細胞質抗体)陽性が判明し,鼻粘膜生検で壊死性血管炎が証明され,多発血管炎性肉芽腫症(granulomatosis with polyangiitis:GPA)の診断に至った.ステロイドパルス2回とリツキシマブ投与で寛解導入に成功した.
50代,男性.数日前からの血尿にて受診し,著明な血小板減少,LDH高値,腎障害を認め,即日入院.血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura:TTP)と考え,ステロイド薬投与,血漿交換を開始したが,第3病日に全身性痙攣,意識障害を来たし,人工呼吸器管理となった.連日血漿交換を行ったが状態改善せず,ADAMTS13活性感度以下,インヒビター高力価が判明し,第7病日からrituximabの投与を行った.連日の血漿交換施行下でようやく血小板増加,病状改善を得られ,以後,長期的に寛解を維持している.
髄膜炎尿閉症候群(meningitis-retention syndrome:MRS)は無菌性髄膜炎に尿閉を合併する疾患であるが,今回,尿閉が初期症状であった症例を経験した.50代女性が排尿障害を発症,後に発熱を来たし,尿路感染として入院加療を開始したところ,悪心嘔吐が出現,髄液検査で無菌性髄膜炎が診断され,排尿障害は尿閉であったことから,MRSと診断された.MRSは尿閉を初期症状として発症し得るため,原因不明の急性尿閉を来たす疾患としてMRSを念頭に置く必要がある.
急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)は,肺胞・毛細管関門に対する炎症性傷害により透過性亢進型の肺水腫像を呈し,重篤な呼吸不全に至る病態である.近年の病態研究から,ARDSの発症には自然免疫反応が重要な役割を果たしており,病原微生物由来の外因性物質や組織傷害で生じた内因性物質を認識して炎症を惹起する.副腎皮質ステロイドをはじめ,生命予後の改善効果が証明された薬物療法はないが,マクロライド系抗菌薬の炎症抑制効果が注目されている.呼吸管理では肺保護的人工換気が行われるが,軽症例では非侵襲的陽圧換気も有用であり,腹臥位換気や膜型人工肺も試みられている.新たな治療法として間葉系幹細胞を用いた治療が注目されており,ARDSの収束や損傷肺の修復促進などの効果が期待される.ARDSの死亡率は依然高い水準であり,治療法の確立が待たれる.
1991年のACCP/SCCM(American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine)の合同カンファランスで提唱された全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome:SIRS)の概念に基づく敗血症(sepsis)の定義が,25年ぶりに改定された.新しい敗血症の定義(Sepsis-3)では,敗血症を「感染に対する制御不十分な生体反応に起因する生命に危機を及ぼす臓器障害」と定義しており,臓器障害の評価にはSOFA(Sequential Organ Failure Assessment)スコアを用い,2点以上の上昇がある場合を敗血症と診断する.これは従来の「重症敗血症」にあたる.そして,敗血症性ショック(septic shock)を「適切な輸液負荷にもかかわらず,平均血圧≥65 mmHgを維持するのに昇圧薬を必要とする,かつ血中乳酸値≥2 mmol/lを呈する状態」と定義した.また,ICU以外での敗血症のスクリーニングツールとしてSIRSの診断基準に代わって,①呼吸数≥ 22/分,②精神状態の変容(GCS(Glasgow Coma Scale)<15),③収縮期血圧≤100 mmHgのうち,2つ以上陽性の場合に敗血症を疑うqSOFA(quickSOFA)の利用を推奨している.