一部の自己免疫性脳症と精神疾患は臨床徴候が類似することが多く,しばしば誤って診断されている.従来の神経診察法のみで正確に診断することは難しく,脳がびまん性に障害された場合の神経徴候を理解するという視点が必要である.見極めるためには詳細な問診と神経診察が重要であり,SPECT(single photon emission computed tomography),甲状腺自己抗体ならびに抗GluR抗体測定が診断に有用である.
橋本脳症の精神・神経症状(脳症)は多彩であるが,臨床的特徴を知ることで診断できる.橋本脳症は,急性脳症,慢性精神病ならびに小脳失調等の病型をとる.鑑別としては,粘液水腫性脳症,脳炎,認知症,脊髄小脳変性症が挙げられる.血清の抗NAE(anti-NH2 terminal of alpha-enolase)抗体の特異度は90%と高いが,感度は約50%程度である.脳波の基礎律動の徐波化や脳SPECT(single photon emission computed tomography)の血流低下が高頻度にみられる.多くの患者はステロイドが奏効する.橋本脳症を念頭に置き,日常診療に潜む患者を見逃さないことが肝要である.
膠原病の中でも,全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)の神経精神症状はneuropsychiatric SLE(NPSLE)と総称され,その病態も多岐にわたる.NPSLEのうち,中枢神経系症状は局所徴候とびまん性徴候に大別されるが,診断基準は確立しておらず,諸検査で総合判断するしかなく,ステロイドによる精神症状との鑑別が非常に難しい場合がある.また,neuromyelitis optica(NMO)や進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML),薬剤性脳症等も鑑別に挙がり,診断は困難を極める.治療は病態に応じて免疫抑制療法と対症療法を組み合わせて行う.
傍腫瘍性自己免疫性脳炎は,腫瘍の遠隔効果として発症する脳炎・脳症である.髄液検査や画像検査で異常を認めないこともあり,しばしば診断に難渋し治療開始が遅れることも少なくない.また,様々な精神・神経症状の出現が腫瘍の発見に先立つことも多く,常に腫瘍の合併を念頭に置き,診療を進める必要がある.時に,神経と腫瘍に共通する抗原を認識する特異的な自己抗体が,神経細胞内もしくは細胞膜・細胞外抗原に対する自己抗体として検出されることがあり,診断マーカーとして重要である.また,抗体と背景腫瘍の間には一定の傾向がみられることから,腫瘍マーカーとしても重要である.合併腫瘍に対する治療が自己免疫性脳炎の治療としても優先される.
アセチルコリン(acetylcholine:ACh)は中枢・末梢両方の神経系で作用する神経伝達物質である.アセチルコリン受容体(acetylcholine receptor:AChR)もまた中枢・末梢両方の神経系に存在する.これまでAChRに対する自己抗体は重症筋無力症における筋型AChR(神経筋接合部)に対する自己抗体が最も知られており,抗体介在性の自己免疫疾患の代表として疾患の病態解明が進められてきた.今回,我々はそれ以外の2種類のムスカリン性AChR(muscarinic AChR:mAChR)とニコチン性AChR(nicotinic AChR:nAChR)に対する抗体の臨床研究の現況について,脳炎・脳症の視点から触れた.特に後者では,自律神経節に存在する神経型nAChR(本稿ではこれをganglionic AChR(gAChR)と称する)における広範な自律神経障害と自律神経系外の症状としての中枢神経症状と内分泌障害について述べた.
薬剤性脳症とは,薬剤の投与による脳の代謝異常によって生じる脳症で,稀な病態ではない.その症状は障害される部位により異なるため,意識障害から小脳失調まで多彩である.発症の機序は,薬剤の神経細胞・軸索への直接障害,髄鞘障害,脳受容体への作用,電解質異常,肝酵素相互作用,血管原性浮腫ならびに自己免疫性等が想定されている.原疾患とは異なる症状が出現した際には,薬剤性脳症の可能性に気付くことが重要である.
ミトコンドリア病は,主にミトコンドリア遺伝子変異によるミトコンドリア機能不全を原因とした全身疾患であり,脳卒中様発作を特徴としたMELAS(mitochondrial myopathy,encephalopathy,lactic acidosis,and stroke-like episodes)やMERRF(myoclonic epilepsy with ragged-red fibers)が代表的な病型である.ミトコンドリア病は,小児期だけでなく,成人期にてんかん,脳卒中様発作を発症することも多く,糖尿病や心筋症等の合併も多いため,内科(成人・臓器横断的)診療において常に念頭に置くべき疾患である.本稿では,中枢神経系症状を中心に,その診断及び治療上の要点について概説した.
ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus:HPV)ワクチン(子宮頸がんワクチン)接種後に,日常生活が困難な状況に陥った症例が1万人あたり2名程度ある.そのような症例の中で中枢神経系関連症状を呈した32例の髄液を検討し,①Th2シフトを示唆するIL(interleukin)-4,IL-13,CD4+ T cells増加,②IL-17増加(発症後12~24カ月),③IL-8,MCP-1(monocyte chemoattractant protein-1)増加,④GluN2B,GluN1に対する自己抗体増加等が明らかとなった.
88歳,女性.後腹膜の濾胞性リンパ腫による水腎症のため,両側尿管ステント留置され,治療目的に当院転院された.入院中,発熱を認め,尿/血液培養にてAchromobacter xylosoxidansを検出した.感受性結果からtigecycline(TGC)を選択した.臨床所見は改善傾向にあったが,TGC投与開始14日目に凝固障害を認めた.経過と凝固検査からTGCによる凝固障害を考え,TGC中止のみで凝固異常は改善した.TGC使用時には凝固系のモニタリングが必要と考えられる.
56歳,男性.高血圧と低カリウム血症を呈し,内分泌負荷試験で原発性アルドステロン症(primary aldosteronism:PA)が強く疑われた.CT(computed tomography)で左副腎に8 mm大の腺腫を認めるも,通常の副腎静脈サンプリング(adrenal venous sampling:AVS)ではアルドステロン過剰分泌は認めなかった.CTを併用した副腎動脈造影で,左副腎腺腫から左腎被膜静脈と左腎静脈分枝への導出を同定し,アルドステロン過剰分泌を証明した.腹腔鏡下左副腎摘除術にて治癒した.副腎静脈還流異常により通常のAVSでは診断不能な症例が存在する.
42歳,女性.18歳で1型糖尿病を発症し,35歳時に血液透析導入,37歳時に膵腎同時移植(simultaneous pancreas kidney transplantation:SPK)が施行された.以後,1年ごとに耐糖能,糖尿病神経障害の評価を行い,経時的変化を検討した.移植後に神経障害の改善を認めた報告があるが,本症例においても神経伝導検査において移植後早期から改善を認めた.移植により血糖が正常化したことにより,早期から神経障害が改善した可能性が示唆された.
脳梗塞急性期治療の主軸はこれまでt-PA(tissue plasminogen activator)静注療法であったが,2015年に相次いで臨床試験が報告され,主幹動脈閉塞に対する血管内治療(再開通療法)を追加する方がt-PA静注単独よりも良好な成績が得られることが証明された.血管内治療の優位性が確認された条件として,①発症4.5時間以内にt-PA静注を施行,②発症6時間以内に治療開始,③中等症~重症(NIHSS≥6),④前方循環系主幹動脈閉塞(ICA/M1),⑤梗塞巣が限定的(ASPECTS(Alberta Stroke Program Early CT Score)≥6),⑥ステント型血栓回収器具で治療,などが挙げられる.これらを満たせば,ガイドライン上でも行うべき治療となっており,今後はいかに迅速に治療を開始し,再開通率を上げて予後を改善できるかという段階になってきた.本稿では,急性期再開通療法の変遷,主要な臨床試験,ガイドラインを概説し,実際の治療を紹介したうえで,今後の展望について述べる.
血管は,加齢に伴って構造的・機能的変化を来たし「老化」する.加齢に伴い,高血圧や糖尿病などが合併することで,血管老化はさらに加速し,心血管疾患が発症するリスクは大きく上昇する.老化のプロセスには未解明な点が多く存在するが,一定の制御機構を伴う生命現象であることが広く認識されるようになっている.最近の研究報告により,「細胞レベルの老化」が「個体や臓器の老化」,「老化疾患の発症」に深く関連することがわかってきた.本稿では,血管老化のメカニズムについて細胞老化を中心に概説し,老化そのものを治療標的とした次世代の治療戦略について考えてみたいと思う.
成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia:ATL)は,1977年に日本において提唱された疾患概念であり,発見後40年が経過した.その間,病原ウイルスとしてヒト白血病ウイルス1型の発見やその病態解析に日本が大きな貢献を果たしてきた一方で,特に急性型やリンパ腫型では,予後はいまだに極めて不良であり,治療法の進歩に関しては,決して満足できるものではない.本稿では,ATLに対する治療法の現状と今後の展望に関して述べてみたい.