健康・医療戦略推進法第一条には,「世界最高水準の医療の提供に資する研究開発等により,健康長寿社会の形成に資することを目的とする」という趣旨の内容が定められており,再生治療に関しても大きな期待が寄せられている.従来の医薬品と異なり,再生医療等製品はヒト細胞という「なまもの」を加工したもので,その品質管理,安全性の考え方や臨床開発に関わる規制は特殊である.再生医療新法や医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法,薬機法:改正薬事法)の制定に至った背景を述べると共に,iPS(induced pluripotent stem)細胞等の多能性幹細胞を用いる際に留意すべき「造腫瘍性」の現時点での考え方についても概説する.
間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)は骨髄内で造血を支持している.また,免疫反応を抑制的に制御する.この性質を利用して,日本では造血幹細胞移植後の急性移植片対宿主病(graft-versus-host disease:GVHD)を適応とする.骨髄由来MSCが製造販売承認されており,全例を対象とした使用成績調査が行われている.MSCを用いた細胞治療は高額であり,適正使用のためのガイドライン作成が望まれる.骨髄由来以外のMSC治療の開発も進められている.
キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor:CAR)導入T細胞療法(CAR-T療法)は,遺伝子改変技術により,T細胞に腫瘍特異性と機能増強を付与して用いる免疫細胞療法の1つである.B細胞性造血器腫瘍に対する劇的な臨床効果を背景に,2019年3月に本邦でもCD19特異的CAR-T療法が承認された.今後,がん免疫療法の大きな柱として,本治療法の開発のスピードとスケールが拡大するであろう.一方,重篤な副作用や寛解を持続させるための方策,固形腫瘍に対するCARの開発等,取り組むべきさまざまな課題が明らかになっている.
T細胞は,T細胞受容体(T-cell receptor:TCR)を用いて主要組織適合性抗原(major histocompatibility complex:MHC,ヒトではHLA(human leukocyte antigen))上に提示された抗原ペプチドを認識するが,治療目的で高機能なTCRを有するT細胞をルーチンに誘導し,大量培養することは容易ではない.そこで,一旦得られた高機能なTCR遺伝子をウイルスベクターに搭載し,患者の末梢血T細胞に導入し,迅速に治療用T細胞を提供する技術が開発されてきた.本稿では,その歴史や臨床開発状況について概説する.
樹状細胞(dendritic cells:DC)は,自然免疫系や環境からのシグナルを感知し,T細胞の活性化や免疫寛容(トレランス)を誘導し,病原微生物の排除や免疫ホメオスタシスの維持に必要である多様な獲得免疫反応を誘導する,免疫系の中心的な細胞である.従って,DCの活性を調節することが,がん免疫療法,自己免疫疾患や臓器移植における寛容誘導療法といった免疫反応を正負両方向に制御する治療法の開発につながる.
血小板は止血に不可欠な血球成分であり,重度の血小板減少症には輸血が行われてきた.iPS(induced pluripotent stem)細胞から製造される血小板は,社会の高齢化に伴う献血ドナー不足や輸血不応症等を解決するものと期待され,巨核球株の樹立や新規薬剤・バイオリアクターの開発によって臨床スケールでの製造が可能となり,臨床応用が始まりつつある.今後は,早期の普及によってiPS細胞応用医療を牽引し,輸血医療を大きく発展させることが期待される.
近年,再生医療等,細胞や組織を用いた細胞治療の研究開発が積極的に進められている.細胞治療に用いられる細胞や組織には,医薬品等と同様に高いレベルでの安全性と品質が要求されるため,細胞や組織の調製(細胞プロセシング:cell processing)は法令に基づく管理のもとで行われることが必須であり,製造管理や品質管理と共に,細胞プロセシングを行う専用施設(cell processing center:CPC)の衛生管理も,細胞治療の安全性や品質を担保するための重要な要素の1つである.
近年,急速に開発が進んだ分子標的療法,がん免疫療法ならびに遺伝子治療等を融合し,間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC),Tリンパ球等の免疫細胞,あるいは造血幹細胞等の細胞が医薬製剤として応用されるようになり,従来の医薬品とは異なる,作用機序の新しい治療法として臨床開発が進められている.開発過程では,規制に従った慎重な対応が必要になるものの,難治性疾患に対して大きな可能性を秘めた治療法として期待されている.
60歳,女性.21歳で横断性脊髄炎を発症し,後遺症として下半身麻痺と膀胱直腸障害が残った.55歳時に全身浮腫,下痢を契機にネフローゼ症候群を指摘され,腎生検でAAアミロイドーシスの診断に至った.胃十二指腸粘膜生検でもアミロイド沈着を認めた.慢性尿路感染,褥瘡感染が原因と考え,徹底した感染制御を行い,5年を経てネフローゼ症候群は完全寛解した.胃十二指腸粘膜の再生検で組織学的にもアミロイド消失を確認した.
症例は72歳,男性.右背部の疼痛,腫脹があり,A総合病院を受診.白血球・血小板の増加があり,CT(computed tomography)で,肝脾腫と背部に広範な皮下血腫を認めたため,当科を紹介された.末梢血に赤芽球が多数あり,骨髄生検で骨髄線維症と診断した.出血傾向に関しては,von Willebrand因子(von Willebrand factor:vWF)活性が22%と低下しており,後天性von Willebrand症候群(von Willebrand syndrome:vWS)によるものと考えた.骨髄線維症に対し,ruxolitinibで治療を開始すると,血小板数が低下し,皮下血腫も改善した.
睡眠中にみられる呼吸の異常である睡眠呼吸障害(sleep disordered breathing:SDB)のうち,閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea:OSA)はcommon diseaseであり,個人のQOL(quality of life)や職場の安全管理上の問題となるだけではなく,心血管疾患の危険因子としても重要である.一方,中枢性睡眠時無呼吸(central sleep apnea:CSA)は,一般人口においては稀なタイプの無呼吸で,心不全の結果生じる病態である.我が国では,「循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン」(日本循環器学会・他,2010年)が発表され,これらの病態に対する積極的な診断と治療介入が推奨された.その後,OSAについてはSAVE(Sleep Apnea Cardiovascular Endpoints)試験をはじめとしてCPAPに関する複数の無作為試験が行われ,一方,CSAについても心不全患者を対象としたサーボ制御圧感知型人工呼吸器(adaptive servo ventilation:ASV)の大規模臨床試験SERVE-HF(The Treatment of Sleep-Disordered Breathing with Predominant Central Sleep Apnea by Adaptive Servo Ventilation in Patients with Heart Failure trial)が行われたが,いずれもネガティブな結果に終わった.持続気道陽圧(continuous positive airway pressure:CPAP)については,コンプライアンスの維持が課題であり,ASVについては,現在進行中の大規模臨床試験の結果が注目される.
Narrative based medicine(NBM)は,1998年に英国のGreenhalgh T,Hurwitz Bらによって提唱された医学/医療の概念であり,evidence based medicine(EBM)を補完する概念として一定の関心を集めてきた.本邦では,EBMとNBMは「患者中心の医療を実現するための車の両輪」と理解されている.近年,医療構造の急激な変化に伴い,改めてNBMの重要性が注目されている.また,2000年にCharon Aによって米国で開始された医学教育のムーブメントであるnarrative medicine(NM)は,医療者に必要な物語能力を涵養する教育法として,本邦の医学教育にも取り入れられつつある.本稿では,医療におけるナラティブ・アプローチとしてのNBMとNMの歴史・変遷を概観すると共に,現代の医療,特に地域包括医療,多職種連携ならびに医療人教育等の分野における最新の動向を加えて紹介したい.
近年,Clostridioides(Clostridium)difficile感染症(Clostridioides(Clostridium)difficile infection:CDI)が注目されている.欧米では,トキシンA・Bに加え,バイナリー毒素を産生する強毒株が増加し,問題となっている.従来,CDIに対する治療薬としては,バンコマイシンが中心であったが,最近になり,メトロニダゾール注射薬,フィダキソマイシン経口薬ならびにトキシンB中和モノクローナル抗体が臨床応用されている.本稿では,臨床で使われているCDI治療薬に加え,現在開発中の新規薬剤,ワクチンならびにプロバイオティクス等について概説する.