慢性肝炎患者18名,肝硬変患者56名,剖検された肝硬変患者70名,癌性腹膜炎患者36名を対象とし,肝硬変の浮腫発症機序を,腎性因子,内分泌因子を中心に検討した.さらに四塩化炭素の注射あるいはTIVC狭窄により肝硬変状態をラット,家兎およびイヌに作製し,浮腫の発症機序を検討し次の結果を得た.
1) 剖検例の観察で肝硬変における腹水貯留量は2175±560mlであり,血清クレアチニンは2.6±0.9mg/dlに上昇していた.血清総蛋白は6.5g/dl未満のものが52.6%を占め,アルブミンはさらに低値のものが多く, 3.5g/dl未満のものが79.4%を占め,低アルブミン血症の浮腫発症に対する重要性を示唆したが,それとともに約20%の肝硬変では他の因子が引き金となつている可能性が考えられた.
2) 肝硬変の進行とともに腎機能が低下するがこの際GFRの低下に比しRPFが一層著明に低下しているものが多かつた.このような腎機能の低下は,腎の形態学的変化が比較的に軽度であることから,腎血行動態の変化に基づく機能的な因子による面がつよいと考えられた.
3) 四塩化炭素による肝障害ラットにおいて腹水の貯留がなくとも,腎皮質血流量の低下を認め,その部位でレニンが著増して,その場でA IIも測定出来ることから,腎血行動態の変化から生じたレニンの増加が,その場でA IIをつくり,それが逆に腎血行動態に影響を及ぼしてくる可能性が示唆され,浮腫の増悪に関係すると考えられた.
4) R-A系は他の浮腫疾患と異なり, PRSの低下が著明であり,そのためレニン-レニン基質反応がPRSの影響を受ける結果となり,産生されるレニンに比し生じるA IIが少なめであり,その上副腎皮質,血管壁のリセプターは反応性が低下しているため, A IIの全身効果をうるために一層レニン産生が増加しなければならず,一方出来たレニンは腎内で腎血行動態に悪影響をおよぼすこととなり,このようなR-A系の“からまわり現象”が浮腫の増悪因子となると考えられた.
5) 塩〓ADHおよびPAは高いもの低いものとがあり,全例で増加しているとは限らず,肝硬変の浮腫のpermissive roleを果しているにすぎないと考えられた。
以上の成績より,肝硬変の浮腫は,低アルブミン血症と門脈圧亢進とが引き金となり,それに続いて腎血行動態の変化を生じ,腎機能の低下とともにレニンの産生が刺激され,さらにアルドステロンおよびADHの分泌が促進されて浮腫の増悪がおこると考えられる.このような変化の過程において,肝硬変ではレニン基質の低下のためにA II産生に異常を来たし,さらにその影響を受ける副腎および血管側にも変化があるためR-A系のからまわり現象を生じ,諸ホルモンの肝における代謝障害も加わり一層複雑な状態となつていると考えられる.
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