本研究の目的はDuchenne型進行性筋ジストロフィー症(PMD)患者の剖検心での心筋線維化の部位および程度と,標準12誘導心電図(ECG)およびFrank誘導ベクトル心電図(VCG)とを対比検討することにより,本症に特異的な心電図所見の発現機序を解明し,ひいてはECG, VCGで本症の心筋病変を評価しうるかどうかを知ることである.対象は33例のPMD男性患者で,死亡年令は平均17.2才(14~22才)であつた.肉眼的に観察した心筋線維化病巣の分布部位に従つて対象を下記の6群に分類した. I群:線維化病巣を全く有しないもの(4例). II群:左室前壁中隔に限局した線維化病巣を有するもの(2例). III群:左室後壁に限局した線維化病巣を有するもの(5例). IV群:左室後側壁に限局した線維化病巣を有するもの(6例). V群:心尖部を除く左室に全周性の線維化病巣を有するもの(7例). VI群:全左室壁に及ぶ線維化病巣を有するもの(9例). P波異常,右軸偏位,不完全右脚ブロック, RV
1波高およびR/S (V
1)の増大,左側胸部誘導の異常Q波, T波平低化あるいは陰転などの異常ECG所見は心筋線維化を広範に有するIV, V, VI群でその出現頻度が増加した.最大QRSベクトルはV群でもつとも大きく,その方向はV, VI群で他群に比し前方へ向かつた. QRS環はIII+IV, V群で前後方向に大きく張りだし,左方成分は減少した. VI群ではQRS環は全体に小さくなり初期QRSベクトルは右前方へ偏位した.最大TベクトルはIII+IV, V, VI群の順に減少し,これと同じ順序で同ベクトルの方向もより前方へ向かつた. PMD患者の特異的心電図所見は,主として左室心筋の線維化,退行性変化に原因すると結論された.生存時VCGの経年変化の検討から左室心筋の線維化は当初,左室後側壁より開始し,漸次左室壁全周へと進展することが示唆された. PMD患者の骨格筋変性と心筋変性は別個の経過で進行すると考えられた.
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