物性若手夏の学校テキスト
Online ISSN : 2758-2159
最新号
選択された号の論文の18件中1~18を表示しています
  • -量子エレクトロニクス概論-
    中島 秀太
    p. 1-30
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    近年、冷却原子の光ピンセット配列が、量子コンピュータを実現するプラットフォームとして注目を集め ている。この中性原子量子コンピュータは、分光学や NMR を源流にもつ量子エレクトロニクス技術のあ る意味で集大成であり、中性原子量子コンピュータを理解するためには、量子エレクトロニクスの物理の理 解が必須である。本講義では、中性原子量子コンピュータの理解を目標に、その基礎となる量子エレクトロ ニクス (≒ 量子情報技術) の入門的講義を行う。 講義の前半は、磁気共鳴から始めて、Bloch 方程式、縦緩和と横緩和、スピン 1/2 系の Rabi 振動、Bloch 球、2 準位原子と光 (電磁場) の相互作用、ドレスト状態など「2 準位系のコヒーレント操作 (≒1 量子ビッ トゲート操作)」の基礎を扱う。2 準位系のコヒーレント操作は量子エレクトロニクスの基礎であり、超伝 導量子ビットなど他の量子コンピュータプラットフォームを理解するうえでも重要となる。 1 量子ビットゲート操作の物理が、超伝導やイオントラップなど多くの量子コンピュータプラットフォー ムで共通である一方、2 量子ビットゲートの実装方法は対象とする物理系で大きく変わってくる。講義の後 半は、中性原子量子コンピュータにおける 2 量子ビットゲート実装の物理 (Rydberg 状態とその制御) を概 説すると共に、中性原子量子コンピュータの構造や機能、強みなどを紹介したい。
  • 古崎 昭
    p. 31-64
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    トポロジカル絶縁体やトポロジカル超伝導体は、バルクの励起スペクトルにはエネルギー・ ギャップが開いているが、表面にはギャップレスの束縛状態が存在する物質である。本稿では、 ディラック・ハミルトニアンの模型を用いて、一般の対称性のクラスに対してトポロジカル絶 縁体やトポロジカル超伝導体を分類する理論を解説する。また、1 次元や 2 次元のトポロジカ ル絶縁体・超伝導体の代表例を紹介する。
  • 大原 繁男
    p. 65-87
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    結晶の対称性と物性テンソルについて解説する.古典的内容なので,みなさんは学習済みかもしれない.しかし,私⾃⾝の経験として,深くは学んだことがなく,格⼦系や晶系などにも誤解があるのではないかと思う.また,結晶についての基礎的な学びはさまざまな分野の若⼿研究者や学⽣にとっても広く役⽴つであろうと考えている.基礎がわかっていれば,⾃分とは異なる専⾨分野の話も⾯⽩く聞けるようになる.対称 性はどの分野にも通⽤する概念である.ある程度の専⾨⽤語がわかり,最初の⼀歩が踏み出せると世界は広がりを⾒せる.少し学ぶだけで知識は有機的につながる.夏の学校はまさにそのような学びの場であるし,新たな友⼈や⼈脈を得る機会であろう.現在,私は無機カイラル結晶の合成と結晶カイラリティに起因した物性の観測を研究テーマとしている.初めてカイラル物質に遭遇したときに,結晶の対称性の基礎知識を知らず(知っているつもりでいた)常識がなかったことに気づかされた.そのために回り道をし,理解が遅れ,誤った表現をしてしまい,といろいろと失敗した.この体験を通して分野の常識を⾝につけることの⼤切さをあらためて痛感した.本稿では,そのつまずきの中で私が学び直したことを解説する.結晶と対称性の説明を⾏ったのち,結晶点群と物性テンソルを結びつける.古典的な結晶物理学であるが,学んでみて欲しい.空間群型や結晶点群型,ブラベー格⼦型,物性テンソルについては広く知られており,使うのに困ることはない.しかし,結果だけ使っていると,どこかで思わぬ間違いをする.⼀度は根本から学ぶべき,ということである.教科書の web 公開にあたり,全⾯的に⾒直しを⾏い,かなりの増補と誤りの修正を⾏った.恥ずかしながら,重要な部分も含めていくつかの誤りが⾒つかった.紙版の教科書をお持ちの⽅は,申し訳ないが誤りではないかと思ったら web 版での確認をお願いする.
  • 畠山 哲央
    p. 88-123
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    本講義では、理論生物物理学とは何か、他の物理学分野とどのように異なるのかを出発点とし、生命システムを「多階層の安定性を持つ系」として位置づける。生命システムは、取り得る状態があまりにも膨大であるため、進化の過程で安定な状態の探索をする際に、それまでの履歴に依存せざるを得ない。これが、生命システムに多様性が生まれる一つの要因になっている。しかし、その多様性にも関わらず、多階層での安定性の要請という強い制約がかかり、そこに普遍性が生じることが期待される。実際に、適応システムや代謝システムなどを例として、生命システムの物理において普遍性を調べるという理論的アプローチが有効であることを紹介する。
  • 中川 大也
    p. 124-154
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    外部環境と相互作用し粒子やエネルギーをやり取りする量子系を開放量子系という。現実の量子系は常 に何らかの環境と相互作用していることが普通なので、開放量子系の物理はいたる所で重要となる。さら に、近年の冷却原子気体などの人工量子物質の実験技術の進展によって量子多体系における環境との相互 作用の制御が実現され、開放量子系の研究は物性物理とクロスオーバーしながら新たな展開を見せている。 本講義ノートでは、そのような開放量子系を記述する基本的な枠組みと、それにより記述される非平衡現象 を解説する。ハミルトニアンによってユニタリ時間発展する孤立量子系とは異なり、開放量子系の時間発展 は非ユニタリとなる。そのため、開放量子系ではエルミート演算子であるハミルトニアンの代わりに非エル ミートな演算子が中心的な役割を果たす。本稿では特に、そのような非エルミートな演算子に基づく物性理 論という観点を強調したい。この講義ノートの構成は以下の通りである。まず、開放量子系の基礎として、 量子マスター方程式の導出や性質を説明する。続いて、強相関多体系に焦点を当て、散逸下の Hubbard 模 型を例として、散逸によって誘起される磁性や強相関状態を見る。最後に、トポロジカル相に関連した話題 として、孤立系のユニタリ時間発展演算子のトポロジーから始めて、開放量子系のダイナミクスをトポロ ジーを用いて特徴づける最近の試みについて紹介する。
  • 田島 裕康
    p. 155-172
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    今日、対称性は現代物理の最も重要な指導原理となっている。近年、対称性と物理学のつながりを、量子情報理論の観点から理解する研究が活発に行われている。そうした研究が土台として用いるのが、非対称性のリソース理論(Resource theory of asymmetry)と呼ばれる、量子情報理論の新興分野である。本稿では 2025 年夏の学校のテキストとして、最近の非対称性のリソース理論の発展を概観する。
  • 笠 真生
    p. 173-185
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    量子エンタングルメント、特にエンタングルメント・エントロピーのスケーリングは、量子多体系の普遍 的性質を検出する有力なプローブとして広く用いられている。例として、ギャップを持つ量子系の基底状態 における面積則、臨界点における中心電荷の抽出、さらにはトポロジカル秩序相におけるトポロジカル・エ ンタングルメント・エントロピーなどが挙げられる。本稿ではまず、エンタングルメント・エントロピーとのそれに関連した基本的な概念について整理する。続いて、エンタングルメントのスケーリング則が物質相 の分類において果たす役割、特にトポロジカル秩序の検出における応用について紹介する。さらに、近年注 目されている混合状態や多者間エンタングルメント(multipartite entanglement)に関する議論にも触れ る。具体的には、リフレクテッド・エントロピーやマルチ・エントロピーといった新しい量を用いて、トポ ロジカル秩序の普遍的情報を抽出する方法や、その下限としてこれらの量が働くことを解説する。これらの 量は、二者間のエンタングルメントでは捉えきれない相の違いを区別する上で有効であることが、近年の理 論的・数値的研究から明らかになりつつある。
  • AI は何ができて何ができないのか
    永井 佑紀
    p. 186-197
    発行日: 2026/02/15
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    本講義ノートでは、機械学習が物理学(特に物性物理学)にどのように使われているか、今後ど のように使われるだろうか、についてまとめたものである2。そして、物理学を学ぶものにとって わかりやすい機械学習の入門のノートという側面も持つ3。一方、機械学習分野は非常に急速に進 展しているため、ここで述べる内容はすぐに古びてしまう可能性はある。しかし、物理学を学ぶ ものが機械学習に触れようとする際に重要となる内容はそれほど大きく変わらないと信じている。
  • 松井 千尋
    p. 198-207
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    皆さんが物理学を学ぼうと思ったきっかけは何でしたか?私の場合は,「世界の成り立ちを自分なりに理解 したい!」と思ったことが強い動機になっています.皆さんが学んでいる物性物理学が記述する対象は,(願 わくは)宇宙全体を記述する素粒子理論と比べると,壮大さに欠け,身の回りに溢れていて,一見するとその 基礎原理はすでによく知られているように思うかもしれません.しかしながら,身近な現象にもまだまだ解明 されていない謎が多く残されています.その一つが,「熱平衡化現象」です. 熱平衡化現象は,「放っておいたコーヒーが冷めてしまって二度と温かい元の状態に戻らない」,「真夏に食 べる美味しいアイスクリームは時間が経つと溶けてしまって二度と元の状態に戻らない」などの例に代表され る,マクロな世界にありふれた現象です.ポイントは「元に戻らない」というところで,実際,日常生活で起 こる多くの現象は不可逆過程であることを私たちは経験的によく知っています.一方,原子や分子スケールの ミクロな世界を記述する「シュレーディンガー方程式」は,多くの場合に時間反転対称です.原子や分子一つ ひとつは時間反転対称な方程式にしたがうのに,それがたくさん集まったマクロな世界では時間を巻き戻すこ とができないのです.では,ミクロからマクロへと移り変わる間に一体何が起きているのでしょうか? 一般的に,「多体系」とよばれる多粒子からなる量子系の時間発展を解析的に調べることはとても困難です. しかしながら、特定の数理構造をもつ一部の量子多体系は解ける(=ハミルトニアンが解析的に対角化でき る=時間発展が解析的に調べられる)ことが知られています.こうした量子多体系は「可解模型」とよばれ, いくつかの具体例が知られています.ここでは,この可解模型を使ってミクロの世界とマクロの世界を隔てる ものの正体に迫ってみたいと思います.
  • 古谷 峻介
    p. 208-223
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    量子スピン鎖は朝永・Luttinger 液体をはじめとする様々な量子臨界状態を実現することができる。この 記事では量子スピン鎖のトポロジカルな側面について,量子臨界点という観点からできるだけ平易にまとめ た。本稿で扱う内容はLieb-Schultz-Mattis 定理とHaldane“予想”,そして量子臨界点の対称性による保 護である。1 次元量子多体系の基本的な事実や考え方から始めて,これら量子スピン鎖のトポロジカルな現 象を概観する。本稿の前半は古風な内容になっているが,最近の学生にとってはむしろ学ぶ機会があまりな い内容になっているかもしれない。後半では量子臨界点の対称性による保護についての原論文[1] のエッセ ンスを解説する。本稿は第70 回物性若手夏の学校で行った集中ゼミの講義テキストに,当日集中ゼミで参 加者からいただいたコメントや補足などを反映させたものである。
  • 松永 悟明
    p. 224-236
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    我々が生活している空間は 3 次元であり、多くの物質で電子の性質はこの 3 次元の空間を運動する電子として理解される。しかしながら、運動が制限 された電子は様々な興味深い電子状態をとることが知られている。例えば、 シリコン MOS 反転層の(整数)量子ホール効果、半導体ヘテロ接合の分数 量子ホール効果、酸化物高温超電導体、ディラックコーン型分散関係を持つ グラフェンの半整数量子ホール効果、カーボンナノチューブやフラーレン、 擬一次元物質である遷移金属トリカルコゲナイドで発見されたパイエルス 転移を伴う電荷密度波と非線形伝導、狭帯域雑音、シャピロステップ等の電 荷密度波のダイナミクスなど低次元電子系は物性研究において重要な役割を 果たしてきた。 集中ゼミでは、上記の特異な電子状態を紹介しながら、原子が分子という 中間構造をつくり、それが結晶化する分子性物質の特徴的な性質を中心に、 擬一次元電子系が示す電荷秩序、反強磁性、スピンパイエルス、電荷局在、 整合スピン密度波、不整合スピン密度波、スピン密度波相におけるサブフェ イズ構造、磁場誘起スピン密度波、超伝導、磁場誘起超伝導、スピン液体な どを紹介するとともに、有機導体で発展してきた角度依存性磁気抵抗や最近 見つかった圧力誘起構造相転移など、低次元電子系の電子物性を紹介する。
  • 好田 誠
    p. 237-245
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    半導体中における「永久スピン旋回状態(Persistent spin helix state)」は、ラシュバ型およびドレッセルハウス型スピン軌道相互作用が等しい強さで共存することによって実現され、電子の運動方向に依存せずに有効磁場が一軸方向に揃う。この結果、電子スピンは安定な歳差運動を示すとともに、スピン緩和の抑制が可能となる。従来、半導体量子構造におけるスピン偏極は、散乱などにより容易に崩れるスピン緩和が不可避と考えられてきたが、永久スピン旋回状態の実現により、長距離スピン波の伝搬とその制御の両立が可能となった。電子スピン波は、ドリフト電流によって100μm以上の距離を伝送可能であり、波長や位相の制御も実現できる。また、ゲート電圧などを用いた外部制御により、柔軟な情報処理を実現できる点においても注目されている。さらに、スピン波は波としての多重性や干渉性を活かした高密度・並列的な処理に適しており、振幅・位相・波長・周波数といった波のパラメータを情報単位として利用することで、従来の2値論理を超える演算方式の実現も期待されている。特にIII-V族半導体量子構造は、比較的強いスピン軌道相互作用を有するとともに、光電子デバイスとの整合性も高く、電子スピン波を新たな情報担体として展開する上で有望なプラットフォームと位置付けられている。こうした背景のもと、電子スピンの空間構造がもたらす可能性とその応用、そして電子スピン波を実現できるスピン軌道相互作用の基礎と永久スピン旋回状態について概観する。さらに永久スピン旋回状態の生成・検出法について述べる。
  • 足立 景亮
    p. 246-258
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    有機化合物の液晶化や金属の超伝導転移など、多数の要素が相互作用することで生み出される協同現 象は、多くの研究者を魅了し続けている。一方、細胞あるいは細胞内の生体分子といった生命現象に関 係する要素の多体系においても、様々な協同現象が観測され、その物理的性質の研究が進められている (過去の夏学テキスト[1–4] 参照)。特に、線虫の初期胚においてタンパク質が液液相分離を起こしてい ることが発見され[5]、細胞内で生体分子を局在させる普遍的機構として相分離が注目されるようにな ってきた[6]。タンパク質はアミノ酸残基の一次元配列で構成されるが、遺伝子強制発現や精製タンパ ク質を利用した実験からは、相挙動を決定づけるアミノ酸配列の一般規則(分子文法と呼ばれる[7])が 存在するのではないかという仮説が立てられている。凝縮系物理の立場からは、分子文法を明らかにす るという問題は、アミノ酸残基同士の相互作用に基づいてタンパク質の相挙動を説明するという統計力 学の問題に他ならない。本テキストでは、生物と物理の境界領域で発展するタンパク質相分離の研究を 概観し、分子文法の解明に向けた数値的・理論的研究を紹介する。 まず第2節で、タンパク質の相分離現象を概説する。生体分子の作る凝縮体についてわかってきたこ とを簡単に紹介し、相分離を駆動する分子機構や、タンパク質のアミノ酸配列に依存した相挙動につい ても説明する。次に第3節では、タンパク質の相挙動を説明・予測するための数値的アプローチを取り 上げる。粗視化分子モデルに基づく分子動力学シミュレーションや場の理論的シミュレーション、また stickers-and-spacers モデルを用いたMonte Carlo シミュレーションを紹介し、それぞれの特徴と応用 例を説明する。続いて第4節では、統計力学に基づく理論的アプローチを概説する。特に、ビリアル展 開、乱雑位相近似、平均場近似といった近似理論とそれらの応用例を紹介する。数値的・理論的アプロ ーチともにまだ決定版と呼べるものはなく、現在も分子文法の解明に向けて計算物理やポリマー物理な ど各方面から方法論が模索されている。第5節では、まとめと今後の展望を短く述べる。
  • 谷 茉莉
    p. 259-269
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    私たちの身の周りには、さまざまなかたちの物体が存在する。中でも、薄いシートや細長いひもは少し力 をかけると大きく変形し、バラエティに富んだかたちやパターンを見せる。そのバリエーションは、生き物 から人工物まで、また、ミクロからマクロまで、まさに多種多様である。それらが織りなす美しく不思議な かたちやパターンはどのように作り出されるのであろうか?それらは力学的にどのように説明できるので あろうか?本稿では、多様なかたちとそれを説明する力学を概観したのちに、日常生活の中でも馴染みのあ るような現象を例に、そこに現れるかたちとその力学的発現機構を考えたい。
  • Tan Van Vu
    p. 270-282
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    最適輸送理論は,総コストが最小となる確率分布の輸送方法を記述する数学的枠組みとして発展してきたが,近年 では,非平衡物理における基本的な制約や限界を明らかにする強力な理論としても注目を集めている.本集中ゼミで は,「ゆらぎ熱力学」と「粒子輸送」という二つの文脈に焦点を当て,最適輸送理論がこれらの問題にどのように応 用されるかを解説する.まず,古典および量子のMarkov 過程において,最適輸送理論が散逸の最小化,熱力学的速 度限界,情報消去の熱力学的コストといった根本的な問題に対して,どのように解決の指針を与えるかを示す.続い て,最適輸送理論を長距離相互作用をもつ量子ボソン系に適用することで,巨視的粒子輸送における最適な光円錐を 導出できること,さらにこの枠組みによって粒子輸送の限界を完全に解決できることを明らかにする.これらの成果 は,最適輸送理論が古典・量子,離散・連続といった多様な非平衡系に対して,そのダイナミクスに潜んでいる基本 的限界を統一的に記述するための新たな数理的基盤を提供することを強く示唆している.
  • 曽根 和樹
    p. 283-292
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    量子のスケールを扱う固体物理と目で見える(古典の)スケールを扱う生物物理、2つの分野は一見独立 しているように思えるでしょう。しかし、今回お話しするトポロジカルアクティブマターはこれらの独立し て見える分野を結びつけるものとなっています。トポロジカルアクティブマターのトポロジカルというの は、トポロジカル絶縁体と呼ばれる物質群に由来しています。トポロジカル絶縁体ではバンド構造の非自明 なトポロジーに対応して、エッジモードと呼ばれる試料端に局在した固有状態が出現します。一方で、アク ティブマターは自走粒子の集団を指す言葉で、生物集団などのモデルとして利用されています。トポロジカ ルアクティブマターの理論は、エッジモードがそのような生物集団でも実現することを予言します。 本集中ゼミでは、トポロジカル絶縁体とアクティブマターの両方の基礎理論から説明を始めます。そし て、アクティブマターを記述する流体方程式に基づいて、その線形化によってシュレディンガー方程式とア クティブマターのダイナミクスを結びつけることができることを説明し、その実効的なシュレディンガー方 程式のハミルトニアンにトポロジカルな性質を持たせる方法を紹介します。また、近年注目を集めている非 エルミートなどへの拡張についても時間の許す範囲で紹介できればと思います。
  • 複雑な時間発展と情報復元の非自明な関係
    中田 芳史
    p. 293-306
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    量子情報の理論が理論物理に応用されるようになって久しい。特に、スクランブリング1や非時間順序積相関といった 概念は、量子多体系における複雑なユニタリ時間発展と量子情報の関連性を探る中で、過去十年間に急速な発展を遂げた。この潮流のきっかけとなったのが、Hayden-Preskill 模型である。Hayden-Preskill の模型は元々は量子重力の文脈で提唱されたものだが、その本質は「予測不可能にも見える複雑なユニタリ時間発展をする量子多体系では、量子情報がどう振舞うのか」という問いにある。熱・統計力学の観点からは、閉じた量子系の熱緩和現象の相補的な問題と捉えることも可能である。本講義では、このような立場からHayden-Preskill 模型を世界一やさしく解説し、参加者を複雑なユ ニタリ時間発展が切り開く量子多体系の非自明な世界へと誘いたい。
  • 複雑な時間発展と情報復元の非自明な関係
    竹森 那由多
    p. 307-318
    発行日: 2026/04/01
    公開日: 2026/04/01
    会議録・要旨集 フリー
    量子力学は20 世紀最大の科学的成果の一つであり、その応用として発展してきた量子情報科学 は、従来の計算科学とは異なる新たなパラダイムを提供している。近年、量子計算技術の進展によ り、古典計算では困難であった物性物理や量子化学における多体電子系の解析が、量子アルゴリズ ムを用いることで飛躍的に進む可能性が見えてきた。 2025 年の国際量子年(International Year of Quantum Science and Technology)は、こうし た量子科学の進歩を振り返るとともに、今後の発展の方向性を議論する重要な機会となる。本稿 では、初学者も想定してまず量子力学の基本公理を復習し、それに基づく量子情報理論の重要な 定理を解説する。後半では、物性物理のための量子アルゴリズムに焦点を当てる。量子状態を推 定する手法として、従来より量子状態トモグラフィー(Quantum State Tomography)が知られ てきたが、その計算コストの高さが実用上の課題とされてきた。また、変分量子固有値法(VQE, Variational Quantum Eigensolver)のような手法が、相関電子系の基底状態エネルギー計算に応 用されてきたものの、精度の限界や適切なAnsatz の選択が求められる点で課題がある。こうした 従来手法の課題を踏まえ、近年注目されている新たな手法として、古典影像法(Classical Shadow Tomography) およびフェルミオン影像法(Fermionic Shadow Tomography)を紹介する。 量子計算は、相関の強い電子系の研究に新たな手法をもたらすだけでなく、物性物理の理解を根 本から変える可能性を秘めている。本稿では、その理論的背景と具体的な応用例を示し、物性物理 学を学ぶ大学院生がこの分野の最新動向を理解し、さらなる発展に貢献できるような基盤を提供す ることを目指す。
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