量子力学は20 世紀最大の科学的成果の一つであり、その応用として発展してきた量子情報科学
は、従来の計算科学とは異なる新たなパラダイムを提供している。近年、量子計算技術の進展によ
り、古典計算では困難であった物性物理や量子化学における多体電子系の解析が、量子アルゴリズ
ムを用いることで飛躍的に進む可能性が見えてきた。
2025 年の国際量子年(International Year of Quantum Science and Technology)は、こうし
た量子科学の進歩を振り返るとともに、今後の発展の方向性を議論する重要な機会となる。本稿
では、初学者も想定してまず量子力学の基本公理を復習し、それに基づく量子情報理論の重要な
定理を解説する。後半では、物性物理のための量子アルゴリズムに焦点を当てる。量子状態を推
定する手法として、従来より量子状態トモグラフィー(Quantum State Tomography)が知られ
てきたが、その計算コストの高さが実用上の課題とされてきた。また、変分量子固有値法(VQE,
Variational Quantum Eigensolver)のような手法が、相関電子系の基底状態エネルギー計算に応
用されてきたものの、精度の限界や適切なAnsatz の選択が求められる点で課題がある。こうした
従来手法の課題を踏まえ、近年注目されている新たな手法として、古典影像法(Classical Shadow
Tomography) およびフェルミオン影像法(Fermionic Shadow Tomography)を紹介する。
量子計算は、相関の強い電子系の研究に新たな手法をもたらすだけでなく、物性物理の理解を根
本から変える可能性を秘めている。本稿では、その理論的背景と具体的な応用例を示し、物性物理
学を学ぶ大学院生がこの分野の最新動向を理解し、さらなる発展に貢献できるような基盤を提供す
ることを目指す。
抄録全体を表示