緑内障や糖尿病網膜症は視機能低下をもたらす。これら眼疾患の発症や進行には、網膜循環障害が関与していると考えられている。私たちは、網膜循環障害の改善がこれら眼疾患の予防や治療に有用な方策となると考え、網膜循環調節に関する一連の研究を進めてきた。
網膜血管の恒常性維持には、血管周囲に存在する神経細胞やグリア細胞との相互作用が重要である。緑内障や糖尿病の病態時には、これら相互作用が破綻することが報告されている。そこで本講演では、網膜における神経細胞やグリア細胞を介した血管拡張機序と病態時における変化について、独自に構築した小動物用 in vivo 網膜循環評価システムを用いて得られた研究成果の一部について報告する。
まず、健常ラットにおいて、網膜の神経細胞を刺激するために N-メチル-D-アスパラギン酸 (NMDA) を硝子体内投与すると、神経細胞から産生・遊離された一酸化窒素 (NO) がグリア細胞を刺激することにより、網膜血管は拡張した。また、NO 供与体の硝子体内投与による網膜血管拡張反応には、グリア細胞から産生・遊離されるエポキシエイコサトリエン酸 (EETs) やプロスタグランジン E2 が関与することを見いだした。
次に、緑内障のモデルである網膜神経傷害ラット及び超高血糖モデルであるストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットでは、いずれも NMDA あるいは NOR3 硝子体内投与による血管拡張反応が減弱することが明らかになった。網膜神経傷害ラットでは、網膜神経の傷害により、グリア細胞が代償的に血管緊張度を調節することが示唆された。一方、糖尿病ラットでは、網膜血管の高コンダクタンス Ca2+ 活性化 K+ チャネルの機能障害が、神経細胞及びグリア細胞を介する血管拡張反応の減弱に関与することが示唆された。これらの結果は、網膜血管の緊張度がその周囲に存在する神経細胞やグリア細胞によって調節されていることを示しており、網膜における神経細胞やグリア細胞の相互作用の破綻が、網膜循環障害、ひいては緑内障や糖尿病時の視機能の低下に関与していることを示唆している。
したがって、緑内障や糖尿病網膜症などの眼疾患に対する新規予防・治療薬の開発には、血管のみならず、神経細胞及びグリア細胞を含む、網膜全体の恒常性維持という視点が重要であると考えられる。
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