大正十年五月上旬、泉鏡花は上野を発ち、平泉・松島・飯坂温泉を周遊した。この東北旅行を舞台とする小説「銀鼎」正・続は、夭折した女性歌人衣絵の霊が、銀の小鍋から沸き立つ湯気の中に垣間見える哀切な作品である。近代技術の粋といえる鉄道の車内が、どのようにして現世と他界とを結ぶ空間に変じるのか、時刻表や踏まえられた古典文学・伝説などを視野に入れ、さらに自筆原稿・初出誌・初刊本の本文異同を検討したうえで、成立過程を追った。
衣絵は女性日本画家池田蕉園を、同じ肺結核で死去した夫香川は池田輝方を、それぞれモデルとする。蕉園の新たな伝記的事実や泉鏡花との交友を掘り起こし、本作の意義を探った。最後に、同じ旅の所産である「飯坂ゆき」を取り上げ、幻想小説と紀行文との連絡にも言及した。
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